2009年09月04日

わっ誤報だ

 焦りました。9月1日に取引先その他から電話が。「沼田製瓦が瓦一体型太陽光モジュールを開発」という記事が某全国紙の岩手版に掲載された、とのこと。もちろん誤報です。
「住ま・エネフェア」という住宅祭に出展し、瓦一体型の実物施工モデルを展示しておりました。人目を引いたのは事実で、記者の方も随分盛況なブースがあるな、と思っていらっしゃたとのことでした。まさか当社がこれを開発したという前提で質問されているとはまったく思いませんでした。というか瓦一体型モジュールの施工はもう4年ほど前からやっており、自分たち的には特に目新しいモノでもなく、開発云々という部分に今更焦点があたるとは・・・。
 取材というのはコワいですね。相手がどんな前提で話しているか、あるいはどんな方向に記事を持って行こうとしているか、を探りながら質問に答えないといけないなあと痛感。
 昔はどちらかと言えば逆の立場だったので、本来勘が働いて良いはずですが、ダメですね。勘も鈍っているかも。
 日々ジミ〜に生きている私ですが、昨年からTVに2回、今回新聞とマスメディアに出没しております。
 今日は業界紙から電話があり、今回の誤報の一件記事にしませんか、とまたまた取材のお誘い。う〜んどうしよう・・・。
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2009年08月18日

屋根の上の絵描き師

090818_1113~02.jpg和瓦の平葺き中。糸を張って通りを見ながら、一列ずつ縦に葺き上げて行きます。平葺きにも2通りの葺き方があり、写真のように屋根に向かって右から左に葺いて行くのが「差し葺き」(向かって右の瓦の下に差し込んで葺いて行く)、逆に左側から葺いてくるのが「被せ葺き」(左の瓦に被せて葺いて行くので)と言います。当社は「差し葺き」を採用しておりますが、2003年の地震被害の時に応援を頼んだ愛知県の職人さんは被せ葺き派でした。東は差し葺き派、西は被せ葺き派が多いと聞いたことがあります。何れの場合も平葺きは何度も屋根面を登り降りする作業です。屋根職の屋根職たる所以は、屋根の上という特殊環境で普通に仕事ができることなんだなあ、とあらためて思います。
  こちらの現場では太陽光発電システムも設置します。写真に見える板は、太陽光パネルの支持金具を取り付けるための補強板です。090818_1112~01.jpg                   
 ふと足元を見ると、盆休み前に屋根で打ち合わせした時の絵がありました(右の写真)。スーパーウォールの屋根パネルの断面図を描き、配線瓦からケーブルをこうして小屋裏に入れて、発泡ウレタンでここを塞いで・・・と職人に説明しながらルーフィングの上に石筆で描いた絵です。現場での打ち合わせの場合、紙はひらひらして扱いづらいので、ついついその辺の木の切れ端とか、支障のない場所に図や数字を書いて意思の疎通を図ることが多い・・・のは私だけでしょうか?
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2009年08月11日

帰省シーズン

 今日は太陽光発電設置の打ち合わせで岩手町まで行って来ました。
 岩手町の沼宮内は母の実家があり、私にとってとても馴染み深い町です。不思議なことに「故郷」という言葉から思い描く風景は、私の場合、遠野よりもむしろ沼宮内の風景かも知れません。
 母の実家の裏を流れる北上川の源流、夏の夕暮れのお墓参り、夜には狭い街道沿いの商店街の店先にいっせいに松明が焚かれ、子供たちは花火で遊びました。冬と言えば雪深い駅舎の風景が浮かんできます。
 沼宮内のいとこ達は私より年長で、「いわゆる団塊の世代」よりちょっと若い年代でした。一人っ子だった私にとって、従姉は本当に姉のようでしたし、従兄二人はビートルズを初めとするあの頃の独特の若者文化の権化、というか大人の世界を垣間見せてくれるちょっとした憧れの存在でした。
 今は、従兄夫婦一組だけが残った沼宮内。帰省シーズンの真っ只中、車を走らせながらついつい遠い昔を懐かしんでしまいました。おいおい、未来よりも過去を大切に思うのはまだ早いだろ!と自分にツッコミを入れながら、過去への散歩を終わります。
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2009年08月01日

ショールームのオープンはいつに?

心静まらぬ日々が続き、なかなか散歩に出る気分になりませんでした。
それにしても我社のショールームはいったいいつになったらオープンするのでしょうか?当初は7月オープンの予定でしたが、一向に準備が進んでいる様子がありません。屋根を葺き替え、太陽光モジュールを設置する計画なのですが、肝心の沼田製瓦が現在てんてこ舞いで、ただでさえお待ちいただいているお客様がいらっしゃる中、自社物件の工事に入るわけにはいかないとのこと。現場からは9月一杯は無理では、との返事。う〜ん・・・困った。
 10年前は職人さんも20名ほどおり、その他にも定年退職したOB職人もまだまだ元気、さらには当社の瓦を使ってくれている瓦工事店にも声をかけ、どんな忙しい時期も皆で力を合わせ乗り切ってきました。今は、職人11人と運搬員1名で、瓦と板金と太陽光をやらねばなりません。仕事がうすい冬場のことを考えると、今以上の増員は難しい。
 建築業界では、自前の職人を抱えぬ会社が増えてます。しかし、当社のような専門工事業は建物の品質を維持する最後の砦と言えます。その最後の砦までがブローカーのような仕事をしてしまっては、いったい誰が現場で働く人々の生活を保障し、技術を持った職人を育ててゆくのでしょうか?
 経営の点で言えば、会社は出来るだけ身軽な体質である方が有利でしょう。この誰もが自分の利益の最大化を追求する風潮が、結局、多くの人々を苦しめ、最後はすべてを不幸にしてしまいます。合成の誤謬というヤツです。
 1ヵ月後の選挙でも、我々はこの合成の誤謬というジレンマを克服出来るのでしょうか?そして我がショールームは9月中にオープン出来るのでしょうか?にしき食堂からカツ丼が届きましたので、今夜の散歩はこれにておしまい。
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2009年06月19日

銀座の夜

 先日は久しぶりの東京出張。用事を終えて大学時代の友人たちと銀座で飲む。私を入れて4人。なぜ4人かと言えば、昔、卓を囲んでジャラジャラ音をたてた間柄故。そんなわけで今夜は都会の夜の散歩です。
 私を除く3人は世間一般からみれば相当に堅い職業または会社に属しています。しかし、一方で彼らほどの卓越したエンターテイナーを私は知りません。このメンツで飲むとき、私はほとんど観客席で笑い転げてます。Yが翌日高崎のマラソンに出るというので、11時に解散。Yはそのまま終電で高崎まで行き、カプセルホテルに宿泊、10時頃から走ったとのこと。後日、完走したとの連絡が絵文字を多用したメールで届きました。
 友人たちと別れ、昭和通りを渡ってホテルに向かう。サラリーマン時代に1年間この界隈で働いていたことがあり、幾分懐かしさもあります。見上げるビルの10階の窓。あこがれて入った広告の世界でしたが、若かった私は制作サイドのスタッフとなかなか良好な関係が築けず、苦しんだ時代でもありました。でも20年以上も経って振り返ると、楽しかったことの方が多かった気がします。と言うか、辛かったこともあの辛さ故に今があると思えば良い思い出です。
 最近、良く同じ夢を見ます。大学受験を前にして、まだあれもやっていない、これもやっていない、と焦りまくる絶望的な夢です。はっとして目が覚めます。
 「年老いていくことが問題なのではない。成すべきことを成さず老いていくことが問題なのだ」
 自分なりの人生の区切りが見えてきているのでしょうか。今まで感じたことのない焦燥感を感じる昨今。目の前の問題を片付けることに追われて生きていれば行動が悩みに先んずる、先を見通せば悩みが行動を抑圧する。しかるに次の一歩は?
 初夏の夜のランダム・ウォーク。恐いもの知らずだった頃の自分が懐かしく思えた晩でした。
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2009年05月22日

にしきのおじさん

 雨の夕暮れです。職人さんたちも今日は早めに上がり、私は夕飯前の散歩です。

 前回2回の散歩はなぜか「カエルつながり」になってました。今回はカエルは出てきません。たぶん。

 会社の近所に「食堂にしき」があります。私の家族はその店のおじさんが大好きです。事務のI子おねえさんやNaoちゃんがよく昼の出前を頼みます。味覚は個々人の聖域であることを前提に言います。私は46年間、いたるところでカツ丼とカツカレーを食べてきましたが、いまだ、にしきのおじさんの作る味を超えるものに出会ったことがありません。

 おじさんは以前犬を飼ってました。一見柴犬(雑種)です。だいぶ年老いてました。ちゃんとした名前はあったのでしょうが、私たちは彼を勝手に「にしき犬」と呼んでました。

 ある秋の夕暮れ、店のとなりの空き地でにしき犬とおばさん(おじさんの奥さん)が、草むらにしゃがんで語らってました。黄金色の日差しがにしき犬のコッペパンのような毛皮とあたりの枯れ草をキラキラと輝かせ、何とも胸にせまる光景でした。車の窓から一瞬見かけただけでしたが。

 やがて冬がきて、にしき犬が天に召されたといううわさを聞きました。

 おじさんはときどき昼時にやってくるのですが、何も言いません。

 ある日、I子おねえさんが鍋焼きうどんを食べた後、忙しくて食器を洗えずにいたところへ、おじさんが回収に来ました。

 「ごめん、まだ洗ってねがったやー、うめがったー、海老のしっぽ以外全部食ったー」(ごめんなさい、まだあらってませんでしたわ、おいしかったですよ、海老の尾以外はすべていただきましたわ)とおねえさんが言ったら、

 「尾っぽ食ってけるヤツも今はいなぐなったー」(尾を食べてくれるヤツも今はいなくなった)と鍋に残った海老の尾を見て、おじさんは言いました。

 一時の空白、そして暗黙の了解。みんな無言でうなずいていると、おじさんはいつものカラカラとした元気のよさで帰って行きました。

 こうして私たちは海老の尾っぽが大好きだったにしき犬と永久の別れを決めたのでした。

 おじさんは、今日も元気に出前にきました。

 にしき犬2はまだ登場していません。

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2009年05月21日

幸せな時間

 22時の散歩です。
 田んぼに水が入り、カエルのゲコゲコ鳴く声が夜の空気に満ちてます。なぜか安らぐんですよね、ゲコゲコを聴いていると。
 私は部屋の作り付けのデスクで、妻は背後のソファでそれぞれブログを書いてます。こういう夫婦って意外と多いのかな?
 彼女はわりと頻繁にブログを更新しているようですが、私は、その間たいてい本を読んで過ごすか、寝てます(寝てる方が多い)。
 読む本にしても2002年11月の第2日曜日以降、情報収集のための読書が多くなり、ちょっと殺伐とした感じです。のんびりと好きな小説を読んで過ごしたいのですが、なかなかそんな気分になれません。
 極上の幸せとは、真冬の山荘で、暖炉の火にともされながら探偵小説を読むこと、と言ったのは誰だったでしょう?
 幸せのカタチは人それぞれでしょう。二十代の頃、会社の就職面接で、「あなたが幸福を感じる時は、安らぎの時?何かにチャレンジする時?・・・」という質問がありました。村上龍の小説ラッフルズホテルでも、確か「男には2通りある。戦場で戦っている時に生甲斐を感じるヤツと、戦場から生きて帰り、1杯のビールをあおる時に幸福を感じるヤツだ」という意味のセリフがありました。
 普通に考えれば、戦場だけでもビールだけでも不十分。両方あってはじめて充実した幸福感を得られるのでしょう。
 多くの経営者にとって、今は戦場の時だと思います。ちょっと長引きそうな戦いです。
 古本屋で20年間探し続けたフィッツジェラルドの「夜はやさし」。今年になって、突然文庫で出版されました。一応購入しましたが、ページを開く楽しみは、あえてもう少し先までとっておこうと思います。 
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2009年05月09日

はじめの一歩

 清々しい5月の土曜日です。出不精もいい加減にしてそろそろ最初の散歩に出かけるとしましょう。
 久々にHPを全面リニューアルしました。内容は相変わらず技術面に偏り過ぎ?自覚してます。でもあえてディテールにこだわったのは理由があります。
 建築業界において専門工事業は「井の中の蛙」です。元請会社が仕事を受注する苦労、施主や役所との交渉の苦労、下請けを取りまとめる苦労という「大海」を知りません。されど・・・「空の深さ」は知っているはずです。施主はもとより元請会社でさえ知る必要のないディテールであっても、秘めていれば良いわけではない。いっそ体系化しオープンなものにしてしまおう、と思いました。同じ空の深さを知る仲間たちに少しでも参考になれば、という期待もこめて。
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