2012年06月19日

子猫騒動その後

 昨日の朝、久しぶりにエンジニアのY君からメールが入り、何かな、と思ったら「その後、子猫はどうなった?」
 そうか、やはり気になるか・・・。仕方ない、書きましょう。
 基本的に子猫がどうしたこうしたなど私はどうでも良いですし、そもそもブログでそんな無意味なことを書くこと自体、私の主義に反しておりますことをあらかじめお断りしておきます。
 ハア(ため息)。で、子猫ですが、彼女(女の子でした)を保護した晩はヨガの日でしたので、会場である我が隠れ家では女性2名プラスカミさんと私の4人が居りまして、子猫はその4人の間を元気に駆け回ってました。女性2人とも猫大好きで、大喜びでした。子猫の鳴き声を聞きながら1時間のヨガを終え、その後もしばらく猫と遊び、名残惜しい思いで帰路に着きました。餌と水を確認し、灯を消してドアを閉めるとドアに駆け寄って来てみゅうみゅう鳴きます。実に切ないです。
 翌朝、様子を見に行くと、車の音でハッとするのか、入口のドアの格子ガラス越しに鳴き始めます。
 餌があまり減っておらず、どうしたのかな、と思ったのですが、すぐにカリカリ音を立てて食べ始めました。私が来たので安心して少し食欲が出たのでしょう。小さな頭を震わせながら餌を食べる姿が何とも言えません。
 板張りの床の上でしばらく遊びました。私の膝にツメを立て必死に這い上がろうとし、私の顔をじっと見つめます。止めて欲しいです。可愛すぎます。
 カミさんも午後に隠れ家の掃除をしながら遊んできたようです。階段の掃除機がけをしていると足元にやってきて、階段を一生懸命這い上がろうとするのだそうです。その姿がたまらなくかわいかったそうです。
 お別れはその日の晩でした。
 私の同級生兼我社の従業員O氏の奥さんと娘さんが夕刻、隠れ家に遊びに来て、子猫を気に入ってしまいました。めでたく子猫は正式な飼主と出会えたのでした。O氏の家には4歳のオス猫がおります。私たちが保護したままでは、毎晩、暗い中1匹で過ごさせねばなりません。O氏の元へ行けば、先輩猫もおり、さびしい思いをしないですみます。彼女の幸せを思えば、O氏に貰われて行く方が良いに決まってます。傍らで目を潤ませているカミさんをそう言ってなぐさめ、私たちは子猫にさよならを言いました。もっともO氏の家は我が家から1kmも離れていないご近所です。会おうと思えばいつでも会えます。実際、先日、会いました。ちょっと大きくなっていました。名前はモモちゃんだそうです。
 ちなみにカミさんのブログ「遠野の嫁っこ日記」では子猫の写真がUPしてるそうです。
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2012年06月11日

石垣島に移住した俵万智さんについて

 しばらく前、NHKニュース9で大越キャスターが石垣島へ行って、俵万智さんにインタビューしてました。
 俵さんは2006年から仙台に住み、東日本大震災後、沖縄の石垣島へ移住したそうです。お子さんのことを思い、安全な地へ移り住んだ、とのことでした。
 そのことについて、ツイッターで批判とも受け取れる言われ方をされたそうです。つまり「移住できる人は良いですね・・・」といった皮肉めいた書きこみをされたとのこと。
 震災前であれば、私は俵さんの行動について、当然のこと、という認識しかもたなかったでしょう。しかし、今は、ちょっと複雑な感情を抱いてしまいます。
 確かに、より安全な地に避難するのは合理的な行動ですが、現実にはそう簡単な話ではありません。まず移り住んだ場合の生活の手段です。それがなければ避難したくても出来ません。皮肉めいた書きこみをしたのは多分そのような境遇の方なのでしょう。次に、移り住むことが可能な能力(財力・生活力・・・)を持っているが、周囲との繋がりを断ち切れなくて移住できない、という人々もいます。例えば会社の経営者。充分な貯えがありいつでも移住できるが、従業員を見捨てることができない、という場合。また、日頃、地域社会の強い絆の中で生きており、あくまで心情的に仲間を裏切れない、という思いで残る人々もいるでしょう。
 俵さんの場合は、経済的にはどこでも生きていける能力がある方でしょう。そこで我が子の安全のために、周囲との関係を断ち切ったわけで、その行動は誰も非難できないでしょう。
 しかし、次なる現実に俵さんは直面します。移住先の石垣島の方々はどのような思いで俵さんと接するのでしょうか?「あなたは結局この地が危険になればすぐよそへ逃げるんでしょう」という気持ちを根底に持って彼女を見てしまうのではないでしょうか?
 友情の成長は遅い、と言った哲学者がおりましたが、同様に地域社会の人間関係も極めて成長が遅いです。また、どこまであなたはこの地域に根をはる気があるのか、その深さが問われる気がします。極論を言えば「一緒に死ぬ気があるか」ということです。
 地域社会は田舎になればなるほど不可思議な様相を呈します。横溝正史です。私は最初からそれが嫌で嫌でしょうがなく、東京へ旅立ちました。戻ってきた後も、やっぱり嫌でしたが、最近、驚くべきことにそれもまんざら悪くない、と思えてきました。田舎で生まれ18年。戻って16年。合計34年経ってやっと良さが分るなんて・・・深いですよ、地域社会で生きるって。
 都会の人間関係、と言うより定住していない者同士の人間関係は、所詮、希薄なものです。その癖、時に必死で関係を深めようとします。まるで田舎の人間関係をその場に再現したいかのように。
 結局、人間にとってもっとも恐ろしいのは死でも病気でも老いでもなく、孤独なのかも知れません。逆に言えば、何かの集団に溶け込んで、個であることを忘れることが人間にとってもっとも幸福なことなのかもしれない。そのためには当然、私利私欲を捨てねばなりません。まるで幸福の代償を払うかのように。
 俵さんは、我が子の安全のために、孤独を選択した、とも言えます。新天地の人々は表向きは俵さんを歓迎してみせても、感受性の豊かな俵さんは、自分自身を誤魔化すことは出来ないでしょう。それもまた地獄です。
 この世を創った神様はほんとうに意地悪です。どうしてこんないやらしい仕掛けを施すのでしょう?
posted by walker at 19:03| Comment(4) | TrackBack(0) | 東日本大震災

2012年06月06日

再び子猫を保護する

 また敷地内で子猫を保護してしまいました。朝、どこからか鳴き声がするので辿って行ったら、八幡神宮の裏参道の土手と当社の建物の間で縮こまってミーミー鳴いてました。助け出して水と餌を与えたら、後をついて来て離れなくなり、結局事務所まで連れて来てしまいました。道すがら、足元にまとわりついてくるので、何度か踏みそうになりヒヤヒヤしました。
 元気な子猫で走り回るわ鳴くわで仕事にならず、仕方なく私の隠れ家へ一時避難させ、念の為、動物病院にも連れて行き・・・と猫に振り回されるさんざんな一日となってしまいました。参ります。今日は一日事務作業にあてるつもりでしたが、お陰でほとんどはかどってません。まあ、たまにはこんな日もあるサ、と開き直ってブログを書いております。ちなみに子猫は生後1.5ヶ月くらいだそうです。親猫はどうしたのでしょう?
posted by walker at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年06月05日

夕暮れの風景が教えてくれたこと

 昨日はお取引させていただいている屋根材メーカーの営業の方が2名様で来社されました。盛岡に宿を取り、翌朝1番で東京に戻り、本社で会議とのこと。施工現場を4件ほどご案内した後、このまま盛岡で1杯やりましょうか、となりました。
 396号線を盛岡に向かい、南大橋の交差点に着くと、ちょうど夕日が美しい頃合いでした。正面の岩手山のシルエットと、夕日にきらめく北上川。国道4号線を少し混み合った車の群れがゆっくりと流れています。カーステレオからはチェット・ベイカーの枯葉が流れ、まるでドラマのエンディングを演じてるような気分になりました。
 信号待ちをしながら、その穏やかな風景を眺めていると、色んなことがあるけれど、世の中はこうして秩序だって平和に流れているのだ、とあたらめて実感しました。そして、この秩序だった穏やかな風景を支えるために多くの人々が日々関わっているのだな、とも。道路や橋を作る人たち、橋の上を通り過ぎる車を作る人たち、その車を動かす燃料を供給する人たち、遠くに見えるビルやマンションを建てる人たち・・・。この穏やかな秩序ある世界は、そうした一人ひとりの真面目な行為がそれこそ気が遠くなるほど積み重なった成果として存在しているわけです。そのどこかに自分も関わっているのだな、と実感すると人生の意義って案外そんな単純なところにあるのでは、と思えてきました。例えば車を構成しているネジ一個を自分が(自分の会社が)作っているんだ、言えること。それって生きる動機として充分ではないでしょうか。 
 震災後、社会との関わりを失い、今だ回復できぬまま生きてる方々が多いのでは、と感じる時があります。あらためて身の回りを眺めて、ひとつひとつのモノの存在をかみ締めて欲しいです。そのモノが今なぜあなたの目の前にあるのか、よく考えてもらいたい。どれほど多くの人々の手を経て、それが今、あなたの目の前にあるのか、を。人生が少し愛おしく、人ってなんて健気なんだろう、という気分になりませんか?
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2012年06月02日

土曜の夕べの心地よい疲労感

 久しぶりに更新します。
 ここしばらく頭脳と身体をフル回転させておりました。何かに導かれるように物事が良い方向に進んでいるような気がしております。
 今週は月火水と頭フル回転、木は身体フル回転で汗だくになり、ちょっと早めに仕事を上がらせてもらい(といっても6時ですが)、明るいうちに風呂に浸かり実に良い気分でした。昨日は会議と役所で盛岡、花巻と回って帰り、3時半から再び肉体労働、ほとんどペーパーとなりつつあったフォークリフトが少し上手くなったような気がします。今日は朝からその続き。今は、心地よい疲労感の中でこの文章を打ってます。
 昼食はオドロカ・ドライヴインにあるカフェ・ベジトルで。日替わりランチのアスパラ肉巻をモリモリと平らげました。ここは何を頼んでも野菜をたくさん食べられるので助かります。カミさんはアスパラ・ベーコンのクリームパスタ。大盛りを頼んで、1/3を私がいただきました。実に美味しかった。
 テイク・アウトのコーヒーを表のカフェ・テーブルで飲んでいる時に、カミさん曰く「Kちゃん(カミさんの友人)がブログで引用していた話なんだけど・・・」
 要約すると、2012年6月は全ての人々に転機となる重大なポイントだそうで、この時に決断したことが、その後の人生を決めてしまうのだそうです。
 なぜそんな話題が出るか、と言えば、まさに私たちが今重大な決心をして日々フル活動しているからです。しかも第一の区切りは6月末日。その他にもつい先日もうひとつ決心したことがあり、今のところ、そのふたつが私の2大方針となっております。別に天の啓示があったわけではなく、日頃、考えに考え尽くしてきた事が、たまたま今動き出しただけなのですが、確かに、今後の私たちの人生を決めてしまう重大な決断だった、と思います。
 思えば、この半年、様々なことが身の回りで起こりました。思いがけぬ人が去り、あらたな出会いがあり、出会ったと思ったらすぐに去っていったまるで風のような人があり、そして残った人たちがいます。それもすべて、今、私たちが踏み出そうとしている重要な一歩に繋がっているような気がします。
posted by walker at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | その他