2016年01月14日

リスク社会を生きる

 ブログにコメントが届いており、私自身、久しぶりに自分のブログをのぞいたのですが、1月に書いて投稿していなかった記事を見つけました。その時は内容に納得がいかずに投稿を止めていたのでしょうが今読んでみるとそんなに悪くもないようなので、若干手直しをしてUPします。以下、その記事です。


 2014年の7月頃、このブログで「リーダー受難の時代」と題する記事を書かせていただきました。
 その時、カミさんの知人からカミさん宛に「ダンナさんのこの間のブログなんだけど、具体的にどういうことなんでしょうか?」と問い合わせ(確か、フェイスブックか何かで)があったようです。
 そこで今回は、1年半ぶりにその続きを書かせていただきます。但し、具体的に書けるか?となるとちょっと自信ありません。あしからず。

 現代社会を生きる我々は今、あらたな課題に直面しています。それは、経済活動の中で生じるリスクをいかに分配するかという問題です。
 昔むかし、つまり世間がまだ貧しくモノが無かった時代は、人々はモノが手に入るだけで有り難かったはずです。よって、そのモノの品質にはあまりこだわらなかった。消費者は、仮に粗悪なモノを手にしたとしても、まあこんなモンだろう、という程度の不満で済ませていました。つまり、消費者はモノの品質に納得がいかなかったり、そのモノによって何らかの害を被ったとしても、その責任をモノの供給者に問うことは稀であったわけです。別の言い方をすれば、モノの生産から消費に至る一連の経済活動において生じるリスクの100%を、消費者が担っていた、ということです。

 それではモノがあふれる現代社会においてはどうか?

 現代の消費者は泣き寝入りなどしません。正当な要求であれば堂々と主張しますし、中にはとても正当とはいえない過剰な要求を供給者側に迫る人々、いわゆるモンスターと言われる人々も存在します。
 そうなると供給者側もそれぞれに自己防衛に入ります。
 小売り、流通、卸し、生産者、生産者への材料の供給者、その流通、卸し・・・と果てしなく続くラインの中で、それぞれがリスクを避ける行動を取ります。その過程である程度のリスク要因は排除できますが、何事にも完璧はありません。最後まで排除できずに残ったリスクは最終的に誰かが引き受けねばなりません。それを誰がどの程度引き受けるかを決めること=「リスク分配」がここで行われます。

 問題は、この配分が経済活動における力関係で決まってしまうことにあります。つまり、リスクは立場の弱い下請けの中小零細企業に集中します。

 そもそもリスクを負う、その責任を負う、とはどういうことでしょうか?
 リスクを負う以上、そのリスクの担い手にはある程度の責任負担能力が要求されます。したがってその能力のない人や企業に幾ら責任を押し付けても意味はありません。被害者は損害の賠償を求めているわけですから。
 現実は、生産から流通に至るチェーンの中で、一方からは力関係、もう一方からは責任負担能力はあるのか?という観点から、誰が責任負担(損害賠償)をするのか、が決まってしまいます。つまり「弱者の中にあって、かつそのリスクを担う能力のあるポジションにある人や企業」が真のリスク負担者になるわけです。

 私は、このポジションに該当する人や企業こそが本当の意味で社会を支えていると思ってます。本来であれば我々国民全体で守り大切にしていかなければならない「人」であり「企業」です。問題は言うまでもありません、そのような大切なところに、リスクが集中している点です。

 さらに、現代社会における経済活動は、モノの品質以外にもかつては存在しなかった(存在はしていても顕在化していなかった)様々がリスクを発生させました。それは環境リスクとコンプライアンス(労使問題も含む)リスクです。


 ここまでの私を論を読んだ方から、お前は実際にいい加減な仕事をしたりミスした人や企業を庇うのか?ヘマした奴が責任取らされて当たり前だろ、といった反論が想定されます。
 勿論、その反論は正論と思います。
 しかし、実務者の立場から一言言わせてください。

 今後、このような責任追及の厳格化が進めば、人々は、ヘマが問われる業務には誰もつかなくなります。つまり、我々の生活にとっていちばん大切な部分(モノをつくったり、建てたり、新しいモノ考案したりといった実業)の担い手が減り、リスクが少ない、手が汚れない業務ばかりに人が集中することになります。それでは世の中、成り立ちません。

 我々はここで原点に戻ってみてはどうでしょうか?
 私が思う原点とは、経済活動に関わる各々がそれなりのリスクを負う覚悟をする社会です。
 そこでは当然のことながら消費者もリスクを分担します。
 そもそも世の中は不完全なものであり、人はミスを犯すものであることを受け入れる社会とも言えますね。
posted by walker at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 経営・ビジネス
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