2012年06月11日

石垣島に移住した俵万智さんについて

 しばらく前、NHKニュース9で大越キャスターが石垣島へ行って、俵万智さんにインタビューしてました。
 俵さんは2006年から仙台に住み、東日本大震災後、沖縄の石垣島へ移住したそうです。お子さんのことを思い、安全な地へ移り住んだ、とのことでした。
 そのことについて、ツイッターで批判とも受け取れる言われ方をされたそうです。つまり「移住できる人は良いですね・・・」といった皮肉めいた書きこみをされたとのこと。
 震災前であれば、私は俵さんの行動について、当然のこと、という認識しかもたなかったでしょう。しかし、今は、ちょっと複雑な感情を抱いてしまいます。
 確かに、より安全な地に避難するのは合理的な行動ですが、現実にはそう簡単な話ではありません。まず移り住んだ場合の生活の手段です。それがなければ避難したくても出来ません。皮肉めいた書きこみをしたのは多分そのような境遇の方なのでしょう。次に、移り住むことが可能な能力(財力・生活力・・・)を持っているが、周囲との繋がりを断ち切れなくて移住できない、という人々もいます。例えば会社の経営者。充分な貯えがありいつでも移住できるが、従業員を見捨てることができない、という場合。また、日頃、地域社会の強い絆の中で生きており、あくまで心情的に仲間を裏切れない、という思いで残る人々もいるでしょう。
 俵さんの場合は、経済的にはどこでも生きていける能力がある方でしょう。そこで我が子の安全のために、周囲との関係を断ち切ったわけで、その行動は誰も非難できないでしょう。
 しかし、次なる現実に俵さんは直面します。移住先の石垣島の方々はどのような思いで俵さんと接するのでしょうか?「あなたは結局この地が危険になればすぐよそへ逃げるんでしょう」という気持ちを根底に持って彼女を見てしまうのではないでしょうか?
 友情の成長は遅い、と言った哲学者がおりましたが、同様に地域社会の人間関係も極めて成長が遅いです。また、どこまであなたはこの地域に根をはる気があるのか、その深さが問われる気がします。極論を言えば「一緒に死ぬ気があるか」ということです。
 地域社会は田舎になればなるほど不可思議な様相を呈します。横溝正史です。私は最初からそれが嫌で嫌でしょうがなく、東京へ旅立ちました。戻ってきた後も、やっぱり嫌でしたが、最近、驚くべきことにそれもまんざら悪くない、と思えてきました。田舎で生まれ18年。戻って16年。合計34年経ってやっと良さが分るなんて・・・深いですよ、地域社会で生きるって。
 都会の人間関係、と言うより定住していない者同士の人間関係は、所詮、希薄なものです。その癖、時に必死で関係を深めようとします。まるで田舎の人間関係をその場に再現したいかのように。
 結局、人間にとってもっとも恐ろしいのは死でも病気でも老いでもなく、孤独なのかも知れません。逆に言えば、何かの集団に溶け込んで、個であることを忘れることが人間にとってもっとも幸福なことなのかもしれない。そのためには当然、私利私欲を捨てねばなりません。まるで幸福の代償を払うかのように。
 俵さんは、我が子の安全のために、孤独を選択した、とも言えます。新天地の人々は表向きは俵さんを歓迎してみせても、感受性の豊かな俵さんは、自分自身を誤魔化すことは出来ないでしょう。それもまた地獄です。
 この世を創った神様はほんとうに意地悪です。どうしてこんないやらしい仕掛けを施すのでしょう?
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2012年01月11日

震災から10ヶ月が過ぎて

 震災からちょうど10ヶ月が過ぎました。
 今日は大船渡の現場に行ってきました。新築が2現場進行中です。
 45号線を走りましたが、天気も良く、遠野に比べて気温も高く、別世界でした。寒いには寒いのでしょうが、遠野の痛いような寒さに比べれば、現場にいてもはるかに楽です。
 海もとても穏やかでした。この海が、多くのものを呑み込んで、奪い去ったなんて、映像で見ても、目の前で瓦礫を見ても、今だ実感できません。
 岩手県内の土木・建築業界はたいへん忙しい状況です。宮城県は、その数倍忙しいようです。震災、津波で命を奪われた方々のことを思うと複雑な心境です。皆さんから忙しいでしょう、たいへんでしょう、と声をかけられるのですが、浮かない顔でうなずくしかありません。
 実際、心は晴れません。
 業界内からは嘆かわしい話も聴こえてきます。複数の関係者が同じことを言っているので間違いないでしょう。
 9月以降、郡山、埼玉は実際に出向いて話を聴きましたし、北関東の状況は、信頼できる筋からの話ですから事実だと思うので書きます。
 屋根の修理工事をとんでもない高値をふっかけてやっている工事店が続出している、という話です。
 お客様の中から、もう2度と瓦なんか葺かない、という声が出ている、とか、瓦工事業界自体が、とんでもない業界と言われている、など聴いていて怒りが込み上げてきました。
 「そんなことをしたら、将来自分の首を絞めることになるでしょ」と私が言えば、話をしてくれた方々は「そういうことをする業者は、この1〜2年でガッポリ稼いで、あとは廃業する気でしょう」と口を揃えて言ってました。各地でそれぞれ聞いたのですが、まったく交流のない方々3人が3人とも全く同じことを言ってました。これは明らかに噂話の域を超えてます。
 ここ数年の不況は、我々工事業者にとってあまりに辛い試練でした。ほとんどの工事会社は売上は15年前に比べれば、5〜7割減ってます。つまり良かった頃の半分から僅か3割くらいしか売上がなくなっている会社がほとんどなのです。加えて粗利率も低下しているのですから、どれだけ経営が苦しかったかは容易に想像できると思います。そんな中で、多くの経営者の心がすさんできたのも正直言って理解できます。今、そのことに対するまるでアテツケのように、高値ふっかけが横行しているように私には見えます。
 どれだけ、仕事を依頼されても、当社は当社の職人14名で精一杯やってこなせる量が限界です。私は、自分たちが請けた仕事を安易に外注するような会社にはしたくありません。見積もりも適正金額を出します。
 昨年の6月に書いたこのブログの記事『これからの「正義」の話をします』で表明した考えを私は変えておりません。
 
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2011年09月12日

鉢呂議員は本当は何と言ったのか?

 鉢呂議員が大臣を辞任しました。
 「死の町」発言の後、「ほら放射能がうつった」と記者の身体を触って言ったのが致命的だった、ようですが・・・。
 
 この件を、報道で聞き、かつ、テレビの画面で何度もスローモーションで流される鉢呂議員の表情の印象から、いかにもそんな失言をしそうなオヤジだな、と正直思ってました。
 ところが、カミさんから「鉢呂さんの発言が事実だったかについてツイッター上で疑問が出ている」と言われ、どれどれと読んでみると、次のようなことが書かれていました。以下、要約して引用。
 「鉢呂議員の、放射線がうつった発言は、極めて短い発言にも関わらず、マスコミ各社によって表現が様々に異なっている。こんな短い言葉が、各社ごとにこれだけ言い換えられているということは、発言自体の信憑性が疑われるのではないか」
 そして、おそらく真実は以下のようでなかったか、と推測している方がおりました。

 記者「鉢呂大臣、福島から帰ってまだ着替えもしてないのですか?」
 鉢呂「そんな時間あるわけないじゃないか」
 記者「放射能が服についたままじゃないですか」
 鉢呂「何ならうつしてやろうか」

 どうです。足早に移動する鉢呂大臣に記者が声を掛け、鉢呂大臣がそれをあしらっている情景が浮かんできます。
 報道から私が想像した情景は、鉢呂議員がニヤニヤしながらいやらしそうに記者の肩を触って「ほら、放射線がうつった」と言っている緊張感のない場面でした。

 このニュアンスの違い、大きいです。
 実は、このようなワナが、私たちの日常のいたるところに張り巡らされています。
 ウソで誘導するのではなく、真実を言わないことで、人を誘導するテクニックです。
 今回の場合は、「うつしてやろうか」という発言に至る前のやりとりを伝えない、という形を取っています。私はこのテクニックを「トリミングの罠」と呼んでます。ウソを伝えているわけではありません。事実を言ってないだけです。従って、この罠にはまった方は、「うそだ!」と否定は出来ないわけです。
 仕事をしていると、よくこの手の罠を仕掛けられます。同業者からの情報、特に「やり手の経営者」と世間で言われている方がよくこの手を使います。私も10年前頃まではよく引っかかってました。ちなみに1例。
 従業員のお給料の話。
 ある工事店の社長さん曰く「うちは外国人労働者をたくさん使っている。日本人はダメだね。一番稼ぐヤツでも給料は1ヶ月40万がいいとこだ、外国人は80万は稼ぐ」
 月に80万も給料をもらう職人さん!社会保険その他福利厚生がなかったにしても、今の日本では破格でしょう。
 しかし、この発言にはやはり裏があった、と思います。
 おそらく、その外国人の職人さんは、請負でしょう。
 仕事は1人では出来ませんから、自分で仲間を集め、その賃金を自分の80万から払っているはずです。したがって、本人に残る金額は、それらを差し引いた額になる訳です。80万全てが本人のものになるわけではありません。
 また、経営者の年収についても、ウワサで誰々さんは年収2000万だそうだ、などど聞こえてきます。当社と同じ売上規模の工事店の社長が、どうしてそんな年収になるのか、と落ち込むと同時に疑問が生じます。そこで調べてみれば、役員勘定が1億円を超えていたりします。つまり、確かに高い給料は設定しているのでしょうが、実質は会社から貰わず(会社が払えない)、役員の会社への貸付金がただ増えているだけ、という状態です。税法上も何の得もありません。
 
 世の中には、このようにウソをつくことなしに故意に情報を操作する「トリミングの罠」がいたる所に仕掛けられています。気をつけなければなりません。
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2011年07月22日

ゴビ砂漠で被曝した?話

 知人の話です。最近、聴いたのですが、けっこうショッキングな内容なので、しばし、唖然としてしまいました。
 彼は東京生まれ(山手線の内側)。普通に大学を卒業し、一部上場の企業に就職。その後、思うところがあって、20代で会社を辞め、ひとり放浪の旅に出ました。主にアジア一帯を巡っていました。
 ある日、ゴビ砂漠で、米軍と出遭ったそうです。兵士はただならぬ様子で「危険だ、お前も早く逃げろ!」というようなことを叫んでいました。彼は、何のことやらぜんぜんピンと来ず、したがって逃げようとも思わず、そのままその付近に滞在しました。現地の人々も何がおこっているのかまるで判らなかったようです。
 数日経ち、身体がだるくなってきました。そして、下痢が止まらず、歯ぐきから血が出てきました。
 さすがにこれはまずい、と思いその地を離れました。米軍と出遭ってから一週間ほど経っていたそうです。その後も身体のだるさが抜けず、どうしようもなくついに日本へ一時帰国したそうです。

 「それで、病院へは行ったの?」
 「行こうと思って専門病院調べたんだけど、いろいろ面倒で・・・」
 「結局、行かなかった?」
 「うん、まあ」

 知人は、体調の回復を待って、再び、アジアへ旅立ち、タイで現地の女性と結婚し、しばらく暮らしてました。
 その後、奥さんを連れて帰国。なぜか岩手に移り住み、縁あって私のカミさんと知り合いになりました。
 実は、ここまでの話はカミさんからの又聞きです。電話の会話もカミさんと知人のものです。
 私も、その方とお酒をご一緒したことがあるのですが、心を洗われるような良い方でした。ビジネスの世界が性に合わなかったのも判ります。損得の意識をあれだけ持たない人にかつて私は会ったことがありません。一緒に飲んでいると、ほんとうに心が安らぎます。
 その知人の、かつて被曝していた(らしい)という突然の告白。本人は、どこまでそのことを重く受け止めて暮らしているのか判りませんが、少なくとも心配している素振もなく、極めて健康そうです。「俺たちの世代で日本人で被曝経験があるの自分ぐらいかな、ハハハハ(笑)」と普通の口調で言っていたそうです。こういう男(ヒト)には絶対かないません。 
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2011年05月07日

瓦の耐震性能のついてのジレンマ

P1000495.JPG 皆さん、右の写真を見て、率直にどう思われますか?地震で家は倒壊してますが、瓦屋根はビクともしていない、という写真です。屋根経済新聞という業界紙に転載されていたもので、紙面では建物が倒壊しても瓦は1枚も剥がれていない、ど根性瓦だ、と絶賛しています。
 私は、あまりに一面的なものの見方に、情けなくなってしまいました。
 瓦が1枚も剥がれなくても、建物が倒壊してしまっては何の意味もありません。瓦が落ちるより、建物の倒壊の方がはるかに危険かつ損害も大きいです。何よりも懸念するのが、ひょっとして瓦が早くに崩れてしまえば、建物の倒壊を避けられたのでは、という可能性です。
 当社の耐震実験で実感したのですが、長い振動が続く中、瓦があまりに強く屋根にへばりついていると、モーメントというか、要するに力(質量×加速度)が建物に作用し、強いダメージを与えます。建物に力を作用させないためには、加速度(ガル)は自然の力でどうしようもありませんから、質量、すなわち瓦の重量をなくしてしまえばよいことになります。すなわち瓦は早く崩れ落ちてしまった方が、建物の為には良い、倒壊の可能性を削減できます。
 当社のホームページにも書いてありますが、これは私がずっと感じ続けているジレンマです。当社の耐震施工は2004年に完成していますが、のべ30回近い実験の中、あまりに強すぎる施工法は建物の為にはならない、と判りました。かといって業界のガイドラインでは屋根から瓦を落としてはならない、とあります。そこで当社が行ったことは棟の軽量化です。湿式材料(当地ではモルタル)の使用量を極力減らすことである程度の軽量化は実現しました。
 新築の建物であれば、建築基準法も改定され、充分な壁量をもって建てられるので、瓦は幾ら強い緊結施工を行っても問題ないと思いますが、気をつけなければならないのは、古い建物の瓦屋根を葺き替える時です。特に昭和56年より前の建築基準法による建物は耐力壁が不足している場合が多いですから、本当に瓦で葺き替えるのが良いことなのか?せめて棟の段数を減らして、軽くしてやるべきではないか?場合によっては他の軽い屋根材にすべきではないか、などいろいろと検討が必要になります。ちなみに写真の倒壊した建物は数年前の震災後、全面葺き替えしたものだそうです。建物の状態はどうだったのでしょうか?
 そういった観点を持たず、「ど根性かわら」を手放しで称える瓦業界を私は憂えます。上記の写真を見て、私は素晴らしいと思うどころか、恐怖心を感じるとともに、業界の考えの浅さを情けなく思いました。
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2011年03月14日

当社は無事です。

震災後、昨日まで停電のため電話が繋がらず、ご心配をおかけしておりましたが、現在、復旧しております。社員も無事ですし、瓦置き場も大きな被害はありませんでした。現在、屋根の修理依頼が殺到しております。人手が足りず、電話をいただいてもすぐに出れない場合があるかと思います。また、軽油、ガソリンの供給が滞っており、工事車両を思うように走れせることが出来ず、機動力に支障をきたしております。ブルーシート養生を早めに、とご希望される皆様は、近隣の工務店等、建築関係の職方さんにお願いしていただければ助かります。当社だけでは手が回りません。なにとぞご理解いただき、ご協力をお願いいたします。今回の試練は、皆が力を合わせて乗り切る以外ありません。
posted by walker at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災