2013年08月26日

ノラキンの夏、再び

 夏の休暇は、昨年同様東京で過ごしました。 東京にはヤツがいます。そう、ノラキンです。
 一年振りなのでどうしていることやらちょっと心配でしたが、まったくの杞憂でした。ヤツは相変わらずふてぶてしく憎らしいまでに元気でした
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 庭園では、オジサンが芝刈りの作業中です。そのそば
でプール帰りの親子にじゃれてました。
 なかなか堂々としたものです。とてもノラとは思えません。さすがキングです。                                                                            
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 カミサンの足元にやってきて、頭をなでろ、背中をかけ、と態度で命令します。言うとおりにしてやると、実に気持ちよさそうに伸びをします。
 ここまで人間様に命令することに慣れているネコはまずいません。


 宿泊したホテル(以下、ノラキン・ホテル)も今年はたいへんな混み様でした。プールもデッキチェアは満杯。加えて陽射しの強さが尋常でなく、昨年のようにプール・サイドで優雅に読書、というわけにはいきませんでした。
 夕刻、六本木の青山ブックセンターで、デーブ夫妻と待ち合わせ。西麻布のデーブが馴染みの店でお酒と食事。
 デーブによると、福島原発に関する報道が国内報道と海外メディアで随分差があるとのこと。「東京でオリンピックなんて、冗談じゃない!」というのが、海外での一般認識らしい。
 確かに、現状の汚染水漏れは深刻な状況です。日本は一日も早く汚染の封じ込めを行わなければならないはずです。
 
 実は、こうしている今、我が国は重大な岐路にあるのでは、と思ったりもします。ところがそのような空気はあまりに希薄です。不気味なまでに。
 前回のブログで、私は日本の将来について楽観的と書きました。但し、条件付きでした。その条件のひとつである原発問題は、このままでは国家の存続を危うくするのでは、と暗い気持ちになります。
 真夏の太陽とノラキン・ホテルの喧騒の中に、昨年とは違う「何か」を感じざるを得ませんでした。                                                                                            
 
                                                               
    
                                                                                
                                             
                                              
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2011年06月13日

アンティーブの思い出

 夕立が通り過ぎ、今は気持ちの良い初夏の夕暮れです。
 スイス在住(おそらくは)と思われる方から書きこみがあり、その方のHPを拝見したところ、かつて一度だけ旅したヨーロッパの記憶が思い出されました。今日は、そのことについて書きます。
 結婚した年はお互い忙しく新婚旅行に行けなかった我々ですが、翌年、意を決してフランス旅行を決行しました。
 カミさんはそれまで何度も海外渡航経験があったのに対し、私はまったくの初めて。こういった場合、ややもすると成田離婚の危機に見舞われると、世間では言われておりました。そんな中、いきなりフランスとは無謀ではないか、という気もしないではなかったのですが(だって海外旅行の中でもフランスってちょっと上級というか、敷居高そうなカンジしません?)、あえてフランスを選んだのは、理由がありました。
 アーウィン・ショーというアメリカの作家がおります。学生時代、「夏服を着た女たち」という短編集を手にして以来好きになりました。短編を得意とする作家ですが、長編も幾つかあって、その中のひとつが「ビザンチウムの夜」。
 あらすじは、かつては脚光を浴びた時代もあったが、今は落ち目のアメリカの中年映画プロデューサーが、再起を期して単身カンヌ映画祭へ乗り込む、バックには一冊の自作脚本・・・というものです。まあ、通俗的といってしまえばそれまでの話ではありますが。
 したがって小説そのものは、例えば、短編「80ヤード独走」のような深い読後感を残す名編や他の優れた短編作品と比較すると、完成度の点では劣る感もあります。が、得てして、基本的に高い資質を持った作家が残した比較的評価の低い作品(チャンドラーでいうと「プレイ・バック」とか)の中によくある、妙に心を捉えては放さない「限定的な魅力」がこの作品にもあります。
 その主人公が、カンヌから車で岬の町アンティーブを訪れるエピソードがあります。大筋とはあまり関係のない、ほんとに挿話のように語られるひとコマだったと記憶しているのですが、ある場面が心から離れませんでした。
 主人公が、その晩、町のビストロでピカソの一行と偶然遭遇します。彼は心の中でピカソに語りかけます。「あなたに私は深く感謝します。あなたの作品は私の人生を言葉に尽くせぬほど豊かにしてくれました」と。
 ちょっと唐突ともいえるこのくだりを読みながら、当時、私はピカソと、陶芸家の加守田章二さんをダブらせていたのかも知れません。

 海外旅行となった時、私はどうしてもアンティーブに行ってみたい、と思いました。
 そして、訪れたアンティーブは、私たちを裏切りませんでした。

 ニースからパリへ移動する日の朝、迎えに来た現地添乗員が空港までの車の中で、ツアー客に何処を回ったか順番に聞きました。私が、「アンティーブに行きました」と言うと、「えっアンティーブですか・・・」とまるで思いがけないことを聞いたかのように応え、しばし沈黙した後「・・・あの町は、私も好きです」と言いました。あの時の沈黙は何だったんだろうね、とその後カミさんと話しました。

 それからしばらくは、二人で「終の棲家はニースかアンティーブにしたいね」と本気で話してました。若かったな・・・と思います。でも、まだちょっと諦めていないかもしれません。その後、カミさんの友人がフランス人と結婚して、数年前にフランスに行ってしまいました。ひょっとすると、我々も5年後くらいには・・・と夢想してます。
posted by walker at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) |