2011年12月06日

10年後、現場で働く人間は残っているのか?

 先日の朝礼の持ち回りスピーチで、職人のEさん(60歳)が、こんな話をしました。
 「自分もこの会社にお世話になって7年だが、その間に若手がどんどん成長してきた。KもTも(当社の若手二人)も立派な職人になり、今では時折オーラさえ感じる。こうして皆をみていると、ほんとうにすごい集団だな、と思う・・・」
 実は、Eさんは7年前、他の瓦工事店から当社に来た方でした。面接してほしい、と電話があった時は、正直、悩みました。ただ、電話での声の感じに惹かれるものがあり、お会いし、採用を決めました。今は、採用して本当に良かった、と思ってます。
 ところで、Eさんの言った「すごい集団」という表現は、私もその通りだ、と日頃から思ってました。
 当社は、現在現場で働く14名の職方がおります(監督員は除いて)。資格で言えば、ほとんどが1級技能士で、かつ皆、経験も豊富です。業界新聞を読んでいると、まるで和瓦が葺ける職人が特別なように書いてありますが、当社では当たり前のことです。全員が、よその会社に行けば、エース級の実力者と言えるでしょう。さらにそのうち2名は板金技能士の資格も併せ持っています。
 現在、当社は技能レベルで言えば、ピークにある、と言えるでしょう。
 自慢話をする気はありません。この事実に、逆に私が危機感を持っているからです。
 全員が、経験豊富な資格者である、ということは裏を返せば、若手、新人がいない、育たなかった、ということでもあります。
 今、当社に、若手の新人が入社した、とします。多分、続かないでしょう。それだけ、当社の職方の仕事はハードなものになってます。
 いつの間にか一番若いTという職人も29歳。したがってもうすぐ20代の働き手はいなくなります。
 あと10年たったら、どうなっているのでしょう。それまでに、どれだけ、次世代の働き手を、当社は育成できるのでしょうか?
 
 外に目を向けてみましょう。現在、建築業界は空前の人手不足です。理由はふたつ。
 ひとつは、言うまでもないことですが、ここ10年の不況です。多くの建設会社が倒産、廃業し、その下請けの専門工事店も、同様に倒産、廃業、大幅業務縮小となり、従業員も減りました。現場での働き手がこの10年で3割減ったと言われてます。残った7割を見ても、高齢化と技能レベルの低下は著しいでしょう。全体としての施工力は、4から5割近く落ちていると言って良いのではないでしょうか?
 ふたつ目の理由は、これも言うまでもなく、震災後の、復旧、復興工事が大量に発注されているためです。
 大手ハウスメーカーでも、日頃から職方を大切にしてこなかったところは、受注があっても、家が建たない状況です。先日、それまでまったく取引のなかった某大手から工事をやってほしい、と電話が入りました。勿論、お断りしました。今までお世話になったお客様の工事でも手が回らないところに、そのような依頼を受けられる訳がありません。倫理的に許されることではありません。

 この10年、大工さんなど職方を従業員として抱える工務店、専門工事店がどんどん少なくなってきました。代わりに増えたのが、営業と設計と施工監督員だけで会社を作り、イメージ先行、工事は全て外注というタイプのビルダーです。人間で言えば、口先と要領の良さだけが取り柄で、包容力も体力もまったく無い、まあ、女性の皆さんの立場で言えば、絶対に結婚しない方が良い男のタイプみたいな会社です。
 ところが、なぜかそういうタイプの方が現代ではモテるみたいで、悲しいかな、質実剛健、工事品質の最後の砦である専門工事店までもその業態を真似して、自社職人を抱えなくなってきました。職人たちは、1人親方として独立し、外注先という立場になりました。
 生活の安定も将来の保証もなくなった業界に、後継者が現れるはずもありません。

 建築業界は、今回の空前の人手不足を経験し、将来に向け、目を覚ますことができるのでしょうか?
 残念ながら、私は無理だと思ってます。
 「セキスイハイム」が「工場で家を作る」ことをセールス・ポイントにするTVCMを打ちました。画期的なCMでした。
 それまでは、現場における職人の腕前こそが住宅建築のセールス・ポイントでした。そのような信頼できる職人が、ますます廃れて行かざるを得ないのが日本の未来です。建物の品質を現場の働き手の能力にゆだねることが出来ない時代が、もうすぐ来ます。
 また、専門工事店における知的経営者も少なくなってきます。優秀な人材は、キツイ、儲からない、ハイ・リスクなこのような業界には誰も入ってこないでしょう。専門工事店のほとんどは当社も含め従業員数名〜20名程度の小さな会社です。その経営のために要する能力は、先見性、マネジメント力、財務知識、理系的なセンス・知識、営業力・・・と極めて多岐に渡ります。私くらいの世代(1961年生まれ)であれば、優秀な人間でも事情があって進学できなかった者がたくさんおりました。その中からも多くの優秀な経営者が出てきたでしょう。今後もそれが期待できるか?残念ながら現状を見る限り、非常に疑わしいです。
 あくまで家は腕前の良い職人に作ってもらいたい、というこだわりがある人たちは、今、つまり私くらいの年代が現役でいられる時が、最後のチャンスかも知れません。

posted by walker at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 建築業界について

2010年06月04日

談合は悪か

 談合は悪か?法律に違反し、自由競争を妨げ、請負価格をつり上げ、一部の人間が国民の税金でぬるま湯につかる、という意味では悪と言われても仕方ないでしょう。
 しかし、その談合を根絶した後、何が残るか?
 自由競争はよいでしょう。しかし、競争と言うからにはスポーツと同じルールが必要です。ならば企業間競争におけるルールとは何かといえば、それは明確です。すなわち「利益を出すこと」です。
 自由競争の国と言えば何と言っても米国です。米国においては会社は株主のもの(どこの国でも原理的にはそうですけど)ですから、会社は利益を出し、株主に配当を出せなければ、その経営者は首になります。従って米国の経営者は利益をだすこと、を第一義に考え、行動します。仮に入札と言うものが米国にあったとしたら、落札価格は、利益を出せるギリギリのラインに落ち着くでしょう。
 しかし、日本の会社はオーナー企業が多く、ましてや地方の建設会社と言ったらほとんど経営者=株主です。つまりわが国の経営者は、何者にも行動を規制されません。言い換えれば、日本における企業間競争にはルールがありません。「ルールがない競争」は殺し合いです。格闘技はもちろん、サッカーや野球にもしルールがなかったとしたら、ただ勝つことのみが目的として戦ったとしたら・・・想像するだけでも恐ろしいです。

 建設業界の入札の場合で言えば、とにかく落札すればよい、仕事を取ればよい、シェアを広げ、売上さえ伸ばせばよい、ということになりますから、結果は悲惨です。財務内容悪化、下請け叩きが横行し、工事品質が低下します。耐震偽装問題はその顕著な例でしょう。そして、そのような行動を拒否する良心的な会社ほど仕事がなくなり経営の危機に直面します。悪貨は良貨を駆逐する、というヤツです。日本社会には、どう考えても自由競争は馴染みません。そもそもルールがないのですから、成り立つわけがないのです。
 日本にもっともふさわしいやり方は、談合の問題点を解消する方法を考えることでしょう。法律的なことは取り合えず脇に置けば、あとの問題は、適正価格で落札されるかどうかです。
 国が早急にやらねばならないのは、適正価格を調査し、把握することです。たいへんな作業ですが、優秀な官僚がたくさんいるのですから必ず出来ます。材料の価格が幾ら、この工程に何人工かかるか、労務費の適正価格は幾らか、元請会社の諸経費、粗利率を幾らに設定するか、徹底的に研究するのです。民間会社でも、良心にしたがって行動する会社であれば、その調査に対する協力は惜しまないでしょう。

 今、国がやらなければならないことは、景気回復のためのダイナミックな政策を打つことです。国として充分なストックはあるのですから、あとはフローをおこすことだけなのです。もっとも有効な手段は公共投資です。建築業界に身をおくから言うのではありません。続きは次回書きます。
posted by walker at 18:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 建築業界について

2009年05月09日

はじめの一歩

 清々しい5月の土曜日です。出不精もいい加減にしてそろそろ最初の散歩に出かけるとしましょう。
 久々にHPを全面リニューアルしました。内容は相変わらず技術面に偏り過ぎ?自覚してます。でもあえてディテールにこだわったのは理由があります。
 建築業界において専門工事業は「井の中の蛙」です。元請会社が仕事を受注する苦労、施主や役所との交渉の苦労、下請けを取りまとめる苦労という「大海」を知りません。されど・・・「空の深さ」は知っているはずです。施主はもとより元請会社でさえ知る必要のないディテールであっても、秘めていれば良いわけではない。いっそ体系化しオープンなものにしてしまおう、と思いました。同じ空の深さを知る仲間たちに少しでも参考になれば、という期待もこめて。
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