2010年06月08日

坂本竜馬はお好き?

 幕末。若い志士たちが、古い権力に挑み、日本を近代化へ向かわせたダイナミックな時代。西洋からの圧力があったとは言え、国内の若い力、若い発想が国を変えた。最近特に自信を失い、しらけ気味の日本人ですが、あんな熱い時代、スケールの大きな人材がいたんだ・・・と、事はそう簡単な話ではないような気がします。
 まず、尊王攘夷。天皇を最高権力者とし、外国人を排除する、という思想。しかし、薩摩、長州は攘夷ではなかった。それどころかグラバー商会(英国)から西洋の近代兵器を大量に調達し、その武力を持って幕府を倒した。その手配をしたのが亀山社中、すなわち坂本竜馬。いったいその資金はどうしたのでしょう?
 さらに、尊王思想があったとしても必ずしも幕府を倒す必要はなかった。何故なら、徳川幕府はそのころすでに求心力を失い、安定的な国の統治のため、公武合体を決めていた。もちろん、天皇、幕府双方合意の上。天皇もそれを望んでいた。その路線で進めば何の問題もなかった。
 しかし、薩長は倒幕に動きました。幕府側について最後まで戦ったのが、時の将軍がいちばん信頼していた会津藩でした。

 歴史の真実はどこにあるのでしょう。よく言われるのは、結局、歴史は勝者の都合の良いように語られてしまうということです。
 この場合の勝者は薩長ということになります。歴史のエピソードであまりに出来すぎは胡散臭く感じます。例えば勝海舟にまつわる部分は特に怪しい。竜馬との出会いの場面。後年、勝海舟自ら書き残した、というから、これは明らかに自分を飾る虚言です。
 それに対し、会津藩の真摯な姿勢には、目頭が熱くなります。会津出身の方に会うと、この時代の話をせずにはいられません。あなた方の先祖は、戦ったのだ、と。義のために。
 多くの人命が失われたあの時代。結局、一番利を得たのは誰だったのでしょう。利=お金とすれば、やはりグラバー商会という英国の武器商人でしょう。さすれば坂本竜馬っていったい?
 もし、私があの時代に生きていたとしたら?たぶん性格からして会津藩的に生きていた、と思います。そして、坂本竜馬や勝海舟が身近にいたとしたら、絶対友達にはなれなかった、と思います。さらに、自ら行動を決めている、と思っていたら、実際は外国の手のひらの上で操られていただけだった、となれば、あまりに悲しい。
posted by walker at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史解釈