2012年09月12日

宝来館の観世音菩薩

 根浜海岸にある宝来館。震災後、多くのメディアで取り上げられていました。 今日の話は、震災前の宝来館にまつわる個人的な思い出です。
 
 今から6,7年前でしょうか、暮れに用事があってカミさんと根浜海岸を訪れました。用が済み、二人、砂浜で冬の海を眺めていると、急に大雨が降ってきました。慌てて駆け込んだのが宝来館。
 そこで意外な「存在」に出会いました。
 その「存在」は人気のないロビーの一角に大切に祀られておりました。
 「これはもしかして・・・」
 その表情は間違いなく我が祖父・沼田三次郎の手によるものでした。観世音菩薩。なぜ、ここに?
 暖かい珈琲を注文すると、女将自ら持ってきてくれ「この菩薩ですが・・・」と私が切り出すと、
 「これは、遠野に瓦屋さんがあって・・・」と女将の口から祖父・三次郎の話が始まりました。
 それまで、宝来館と祖父の繋がりはまったく知りませんでした。

 観世音菩薩は津波の際も無事で、今も宝来館に祀られているようです。
 先日、カミさんが宝来館のHPを開いたら、菩薩の写真と、その菩薩が夜になると海岸を散歩する、といった記載がありました。大切にしてもらえてうれしいです。

 もうひとつ、思い出。
 戦略的逃亡生活終結後、それでもどことなく居場所がなくなったような気がしていた私は、9月の遠野祭りの日、あまり人に会いたくなくて、一人遠野を離れました。
 何となく海が見たくなり、宝来館に宿を取りました。
 翌朝、どこも行く当てがなく、車をヨットハーバーに止め運転席でぼーっと海を眺めてました。良く晴れた気持ちの良い日でした。
 と、その時、取引先である某大手ハウスメーカーのマークの入ったバンがやって来ました。はっとしました。
 その車からまたまた見覚えのある監理員が降りて来ました。オーッと思いました。
 その方はゆっくり波止場を歩き、ほぼ私の視界の真正面に立ち、しばらく海を眺めてました。もちろん私には気が付いておりません。
 私はどうしたか、と言うと、思わず席に倒れこんで身を隠しました。とっさの行動って自分でも訳が分りません。とにかく息をひそめてじっとしておりました。
 しばらくして車の走り去る音がしたので、私は身を起こしました。
 その監理員の方は、たいそう仕事が出来、我々業者への配慮も行き届いた非常にバランスの良い人間性を持たれた方です。その方の今まで知らなかった面を偶然垣間見てしまったのでした。
 
 その後、昼過ぎに釜石へ行き、「館」という喫茶店のカウンターでスパゲティを食べていると、後ろからヨッと肩を叩かれました。日頃お世話になっている設計事務所の所長さんでした。家族でいらしており、簡単なあいさつだけで奥の席に移動されました。

 一人になりたくて遠野から逃げて来たのですが、行く先々で仕事関係者に遭遇してしまう、バツが悪いというか、とにかく変な一日でした。皆から、気にせず建築業界に帰ってこいよ、と言われているような気がしました。

 以上、2008年の9月の出来事でした。根浜の海も青く穏やかで、昔と何も変わらず、これからも何も変わらないんだろう、いや、そんなことを思うことさえない日々の一コマでした。
 それから2年半後にこの地域を襲った大津波で、喫茶「館」も波にのまれました。設計事務所の所長さんも今だ行方が分かりません。あらためてご冥福をお祈りいたします。

 
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2012年08月18日

ノラ猫の王者

 盆休み中、2泊3日だけ贅沢な時間を過ごさせていただきました。都内のホテルでカミさんとゆっくりしました。
 カミさんは東京在住の友人と待ち合わせしたり美術館を回っていましたが、私の方は日がな一日プールサイドでボーっとしてひたすら無益な時を過ごしておりました。そのホテルでは夏季のみナイトプール営業もしており、夜は夜でほろ酔いでビルの灯りを見上げながらデッキチェアに寝転んでやっぱりボーっとしておりました。
 二日目の夕方ですが、ちょこっと繁華街を散歩した後、またプールサイドで過ごそうと庭園(そのホテルは大きな日本庭園を通ってプールに行かねばなりません)に出た時、舗装の上でダラッと寝そべっているキジトラの猫を発見しました。ホテルの従業員の女性がその背を撫でてます。私が近づくと従業員の女性ははっと身構えました。まずいところを客に見られた、と思ったのでしょう。彼女の警戒心を解こうと二言三言会話を交わし、私も猫を撫でさせてもらいました。ヤツ(猫)は、この庭園に居ついているらしく、毎日、エサももらっているそうです。飼い猫か野良か、と言えば、やはり野良でしょう。但し、野良とすれば、コイツ(猫)は、野良猫界の頂点に立つ猫、野良猫の王者と言えるな、と私は思いました。だってこんな立派で広くて滝まである日本庭園を我が物顔で歩き周り、エサまでもらってるわけです。まさに「キング・オブ・ノラネコ」ノラネコ・キングです。略してノラキン。
 夜の9時近くにプールを出ると、今度は別の猫がまるでお出迎えするように道の隅にたたずんでました。こちらはちょっと女性らしい感じでどことなく気品があります。ノラネコ・クィーンでしょうか。近づくと、すっと木々の奥に消えていきました。
 11時頃、友人と食事を終えて戻ってきたカミさんにノラキンの話をし、明日、探しに行こうということになりました。
 翌朝、昨日の女性従業員の方が教えてくれた「ノラキンがいつも居るあたり」に行ってみたのですが、見つかりません。諦めて帰ろうとした時、カミさんがアッと言って指差しました。ノラキンでした。ウッドデッキでダラッと寝そべっています。あまりに平らで気が付きませんでした。白いソックスをはいたような足を見て、カミさんが気が付いたのでした。その後、しばらく遊んでやったのですが、態度がふてぶてしく可愛げのないヤツです・・・とこうして書いていてふっと不安になりました。もしかしてそのホテルの社長がこのブログを見て、「なんだ、このホテルってうちじゃないのか!庭園にノラネコがいるのか、だれだこの女性従業員は!すぐに保健所に電話して始末しろ!」なんてことにならないだろうか。どうしよう、このままアップしていいのかな?大丈夫だよな・・・私がノラキンの運命を握っているのか・・・。
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2012年08月03日

2014年消費税増税の影響をどう見るか?

 2014年の4月、今から1年8か月後に消費税が8%になるかもしれません。もう聞き飽きた発言ですが、このデフレ時に増税などしようものなら急速に景気が冷えあがってしまう、と言われています。
 私たち建築業界に身を置く者同士、たまに意見交換するのですが、業界の動きとしてはそのこと(増税)を織り込んだ見通しをすでに立ててます。ちなみに車屋さんも同じことを言ってました。以下に、その「見通し」を書いてみます。
 まず、「駆け込み需要」。
 家も車も高価なものですから、当然、2014年4月前には駆け込み需要が予想されます。業界としては、この時期、強気の価格を提示します。つまりあまり値引きしません。そして、2014年4月以降、急速に売れなくなった時に、大幅な値引き商品を用意し、駆け込みに間に合わなかったお客様の取り込みに向かいます。その値引き分は増税分3%を吸収してさらにお釣りがくるくらいかもしれません。要するに、増税前にあせって契約した人よりも、増税後の方が安くモノ(家や車)が買えることになるだろう、と言うことです。
 食糧、日用品の買いだめといってもたかが知れてますから、そちらの方に大きな増税の影響は現れないでしょう。一方、高額な商品については、それぞれの業界はそろって前述のような動きをするはずですから、あせって増税前に土地、建物、車、装飾品といった高価なモノを買う必要もありません。むしろ、不動産などは増税後の景気が冷え込んだ後こそが本当の買い時でしょう。すでにそれを狙ってる輩も多いはずです。
 私はもちろん増税には反対です。言い古された指摘ですが、増税する前にやることがたくさんあります。
 でも、そんなことこのブログにいくら書いてもどうなるものでもありません。
 何となく思うのは、今の日本ってドラスティックなことがおこらない国のような気がします。ただただ、坦々と日々が流れていきます。ほどほどの駆け込み需要があっても、皆すぐ業界の思惑に気が付いて、極端な需要増はおこらないのではないでしょうか?そして、増税後もこれまた坦々と消費活動が行われていく。消費税分値引きしてもらったよ、とか言いながら・・・。
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2012年06月19日

子猫騒動その後

 昨日の朝、久しぶりにエンジニアのY君からメールが入り、何かな、と思ったら「その後、子猫はどうなった?」
 そうか、やはり気になるか・・・。仕方ない、書きましょう。
 基本的に子猫がどうしたこうしたなど私はどうでも良いですし、そもそもブログでそんな無意味なことを書くこと自体、私の主義に反しておりますことをあらかじめお断りしておきます。
 ハア(ため息)。で、子猫ですが、彼女(女の子でした)を保護した晩はヨガの日でしたので、会場である我が隠れ家では女性2名プラスカミさんと私の4人が居りまして、子猫はその4人の間を元気に駆け回ってました。女性2人とも猫大好きで、大喜びでした。子猫の鳴き声を聞きながら1時間のヨガを終え、その後もしばらく猫と遊び、名残惜しい思いで帰路に着きました。餌と水を確認し、灯を消してドアを閉めるとドアに駆け寄って来てみゅうみゅう鳴きます。実に切ないです。
 翌朝、様子を見に行くと、車の音でハッとするのか、入口のドアの格子ガラス越しに鳴き始めます。
 餌があまり減っておらず、どうしたのかな、と思ったのですが、すぐにカリカリ音を立てて食べ始めました。私が来たので安心して少し食欲が出たのでしょう。小さな頭を震わせながら餌を食べる姿が何とも言えません。
 板張りの床の上でしばらく遊びました。私の膝にツメを立て必死に這い上がろうとし、私の顔をじっと見つめます。止めて欲しいです。可愛すぎます。
 カミさんも午後に隠れ家の掃除をしながら遊んできたようです。階段の掃除機がけをしていると足元にやってきて、階段を一生懸命這い上がろうとするのだそうです。その姿がたまらなくかわいかったそうです。
 お別れはその日の晩でした。
 私の同級生兼我社の従業員O氏の奥さんと娘さんが夕刻、隠れ家に遊びに来て、子猫を気に入ってしまいました。めでたく子猫は正式な飼主と出会えたのでした。O氏の家には4歳のオス猫がおります。私たちが保護したままでは、毎晩、暗い中1匹で過ごさせねばなりません。O氏の元へ行けば、先輩猫もおり、さびしい思いをしないですみます。彼女の幸せを思えば、O氏に貰われて行く方が良いに決まってます。傍らで目を潤ませているカミさんをそう言ってなぐさめ、私たちは子猫にさよならを言いました。もっともO氏の家は我が家から1kmも離れていないご近所です。会おうと思えばいつでも会えます。実際、先日、会いました。ちょっと大きくなっていました。名前はモモちゃんだそうです。
 ちなみにカミさんのブログ「遠野の嫁っこ日記」では子猫の写真がUPしてるそうです。
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2012年06月11日

石垣島に移住した俵万智さんについて

 しばらく前、NHKニュース9で大越キャスターが石垣島へ行って、俵万智さんにインタビューしてました。
 俵さんは2006年から仙台に住み、東日本大震災後、沖縄の石垣島へ移住したそうです。お子さんのことを思い、安全な地へ移り住んだ、とのことでした。
 そのことについて、ツイッターで批判とも受け取れる言われ方をされたそうです。つまり「移住できる人は良いですね・・・」といった皮肉めいた書きこみをされたとのこと。
 震災前であれば、私は俵さんの行動について、当然のこと、という認識しかもたなかったでしょう。しかし、今は、ちょっと複雑な感情を抱いてしまいます。
 確かに、より安全な地に避難するのは合理的な行動ですが、現実にはそう簡単な話ではありません。まず移り住んだ場合の生活の手段です。それがなければ避難したくても出来ません。皮肉めいた書きこみをしたのは多分そのような境遇の方なのでしょう。次に、移り住むことが可能な能力(財力・生活力・・・)を持っているが、周囲との繋がりを断ち切れなくて移住できない、という人々もいます。例えば会社の経営者。充分な貯えがありいつでも移住できるが、従業員を見捨てることができない、という場合。また、日頃、地域社会の強い絆の中で生きており、あくまで心情的に仲間を裏切れない、という思いで残る人々もいるでしょう。
 俵さんの場合は、経済的にはどこでも生きていける能力がある方でしょう。そこで我が子の安全のために、周囲との関係を断ち切ったわけで、その行動は誰も非難できないでしょう。
 しかし、次なる現実に俵さんは直面します。移住先の石垣島の方々はどのような思いで俵さんと接するのでしょうか?「あなたは結局この地が危険になればすぐよそへ逃げるんでしょう」という気持ちを根底に持って彼女を見てしまうのではないでしょうか?
 友情の成長は遅い、と言った哲学者がおりましたが、同様に地域社会の人間関係も極めて成長が遅いです。また、どこまであなたはこの地域に根をはる気があるのか、その深さが問われる気がします。極論を言えば「一緒に死ぬ気があるか」ということです。
 地域社会は田舎になればなるほど不可思議な様相を呈します。横溝正史です。私は最初からそれが嫌で嫌でしょうがなく、東京へ旅立ちました。戻ってきた後も、やっぱり嫌でしたが、最近、驚くべきことにそれもまんざら悪くない、と思えてきました。田舎で生まれ18年。戻って16年。合計34年経ってやっと良さが分るなんて・・・深いですよ、地域社会で生きるって。
 都会の人間関係、と言うより定住していない者同士の人間関係は、所詮、希薄なものです。その癖、時に必死で関係を深めようとします。まるで田舎の人間関係をその場に再現したいかのように。
 結局、人間にとってもっとも恐ろしいのは死でも病気でも老いでもなく、孤独なのかも知れません。逆に言えば、何かの集団に溶け込んで、個であることを忘れることが人間にとってもっとも幸福なことなのかもしれない。そのためには当然、私利私欲を捨てねばなりません。まるで幸福の代償を払うかのように。
 俵さんは、我が子の安全のために、孤独を選択した、とも言えます。新天地の人々は表向きは俵さんを歓迎してみせても、感受性の豊かな俵さんは、自分自身を誤魔化すことは出来ないでしょう。それもまた地獄です。
 この世を創った神様はほんとうに意地悪です。どうしてこんないやらしい仕掛けを施すのでしょう?
posted by walker at 19:03| Comment(4) | TrackBack(0) | 東日本大震災

2012年06月06日

再び子猫を保護する

 また敷地内で子猫を保護してしまいました。朝、どこからか鳴き声がするので辿って行ったら、八幡神宮の裏参道の土手と当社の建物の間で縮こまってミーミー鳴いてました。助け出して水と餌を与えたら、後をついて来て離れなくなり、結局事務所まで連れて来てしまいました。道すがら、足元にまとわりついてくるので、何度か踏みそうになりヒヤヒヤしました。
 元気な子猫で走り回るわ鳴くわで仕事にならず、仕方なく私の隠れ家へ一時避難させ、念の為、動物病院にも連れて行き・・・と猫に振り回されるさんざんな一日となってしまいました。参ります。今日は一日事務作業にあてるつもりでしたが、お陰でほとんどはかどってません。まあ、たまにはこんな日もあるサ、と開き直ってブログを書いております。ちなみに子猫は生後1.5ヶ月くらいだそうです。親猫はどうしたのでしょう?
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2012年06月05日

夕暮れの風景が教えてくれたこと

 昨日はお取引させていただいている屋根材メーカーの営業の方が2名様で来社されました。盛岡に宿を取り、翌朝1番で東京に戻り、本社で会議とのこと。施工現場を4件ほどご案内した後、このまま盛岡で1杯やりましょうか、となりました。
 396号線を盛岡に向かい、南大橋の交差点に着くと、ちょうど夕日が美しい頃合いでした。正面の岩手山のシルエットと、夕日にきらめく北上川。国道4号線を少し混み合った車の群れがゆっくりと流れています。カーステレオからはチェット・ベイカーの枯葉が流れ、まるでドラマのエンディングを演じてるような気分になりました。
 信号待ちをしながら、その穏やかな風景を眺めていると、色んなことがあるけれど、世の中はこうして秩序だって平和に流れているのだ、とあたらめて実感しました。そして、この秩序だった穏やかな風景を支えるために多くの人々が日々関わっているのだな、とも。道路や橋を作る人たち、橋の上を通り過ぎる車を作る人たち、その車を動かす燃料を供給する人たち、遠くに見えるビルやマンションを建てる人たち・・・。この穏やかな秩序ある世界は、そうした一人ひとりの真面目な行為がそれこそ気が遠くなるほど積み重なった成果として存在しているわけです。そのどこかに自分も関わっているのだな、と実感すると人生の意義って案外そんな単純なところにあるのでは、と思えてきました。例えば車を構成しているネジ一個を自分が(自分の会社が)作っているんだ、言えること。それって生きる動機として充分ではないでしょうか。 
 震災後、社会との関わりを失い、今だ回復できぬまま生きてる方々が多いのでは、と感じる時があります。あらためて身の回りを眺めて、ひとつひとつのモノの存在をかみ締めて欲しいです。そのモノが今なぜあなたの目の前にあるのか、よく考えてもらいたい。どれほど多くの人々の手を経て、それが今、あなたの目の前にあるのか、を。人生が少し愛おしく、人ってなんて健気なんだろう、という気分になりませんか?
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2012年06月02日

土曜の夕べの心地よい疲労感

 久しぶりに更新します。
 ここしばらく頭脳と身体をフル回転させておりました。何かに導かれるように物事が良い方向に進んでいるような気がしております。
 今週は月火水と頭フル回転、木は身体フル回転で汗だくになり、ちょっと早めに仕事を上がらせてもらい(といっても6時ですが)、明るいうちに風呂に浸かり実に良い気分でした。昨日は会議と役所で盛岡、花巻と回って帰り、3時半から再び肉体労働、ほとんどペーパーとなりつつあったフォークリフトが少し上手くなったような気がします。今日は朝からその続き。今は、心地よい疲労感の中でこの文章を打ってます。
 昼食はオドロカ・ドライヴインにあるカフェ・ベジトルで。日替わりランチのアスパラ肉巻をモリモリと平らげました。ここは何を頼んでも野菜をたくさん食べられるので助かります。カミさんはアスパラ・ベーコンのクリームパスタ。大盛りを頼んで、1/3を私がいただきました。実に美味しかった。
 テイク・アウトのコーヒーを表のカフェ・テーブルで飲んでいる時に、カミさん曰く「Kちゃん(カミさんの友人)がブログで引用していた話なんだけど・・・」
 要約すると、2012年6月は全ての人々に転機となる重大なポイントだそうで、この時に決断したことが、その後の人生を決めてしまうのだそうです。
 なぜそんな話題が出るか、と言えば、まさに私たちが今重大な決心をして日々フル活動しているからです。しかも第一の区切りは6月末日。その他にもつい先日もうひとつ決心したことがあり、今のところ、そのふたつが私の2大方針となっております。別に天の啓示があったわけではなく、日頃、考えに考え尽くしてきた事が、たまたま今動き出しただけなのですが、確かに、今後の私たちの人生を決めてしまう重大な決断だった、と思います。
 思えば、この半年、様々なことが身の回りで起こりました。思いがけぬ人が去り、あらたな出会いがあり、出会ったと思ったらすぐに去っていったまるで風のような人があり、そして残った人たちがいます。それもすべて、今、私たちが踏み出そうとしている重要な一歩に繋がっているような気がします。
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2012年04月06日

不可思議な夢

 4月4日の暴風は凄まじかったです。修理依頼がかなり来ており、急遽、工事予定を変更し3班が修理専属で動いてます。修理をお待ちのお客さんはもう少々お待ちください。当社の倉庫も被害を受けておりますが、まだ手付かずです。それにしても自然災害が多すぎます。どうしたことでしょう?
 1月末から私の周囲で奇妙なことがたてつづけに起こっていることは何度か書きましたが、今日もその続きの話です。
 4月4日の晩、というか4月5日の夜明け前というか、奇妙な夢を見ました。
 私は、遠野の駅前でバスに乗って自宅へ帰るつもりのようでした。なぜ、バスに乗るのかよく分りません。膝の上にはマジソン・スクエア・ガーデンのバッグ(分る人は何人いるか?)を抱えています。中には大金が入っているようでした。どうやら私は長年懸案のある件を解決し、家に帰るところのようです。バスのシートに座り、私は充実感と幸せを感じてました。家が近づきましたが、あまりにバスのシートが心地よく、私は自分へのご褒美に、もうちょっとバス旅行を楽しもう、と思います。八幡神宮前のバス停(我が家の最寄)を乗り過ごし、その先へと私はバスに揺られて行きました。窓の外の風景は現実の風景と違い、きれいな夕焼けと草原が広がっています。次の瞬間、気がつくとあたりはとっぷりと暮れてました。どうやらバスはターミナルに入ってゆくようです。暗闇の中に、何台ものバスが並んでいるのが見えました。ヤバイ、ヤバイここで引き返そうと私は思います。外は灯はまったくなく、ターミナルの建物は洋風の急勾配屋根で、ヨーロッパ風に見えました。私の乗ったバスはそこを巡回し、止まらずにそのまま商店街へ出ました。その商店街はどこも軒先に灯を灯し、狭い通りを明るく照らしてました。その明るさにほっとするとともに、遠野のはずれにこんな商店街があったのか、と不思議に思った瞬間、「ピッピピ、ピッピピ」という甲高い音に目を覚まされました。目覚まし時計が鳴ったのでした。いつも6時になるようセットしてあるのですが、カーテンの隙間の闇はまだ暗く、カミさんが「えっもう6時なの?」と言ってテレビを点けたら・・・まだ夜中の2時過ぎでした。
 変だな、と思って目覚まし時計(電波時計)を見ると、ぜんぜん違う時刻を表示してます。
 「変な夢を見てた」とカミさんにさっきまで見ていた夢の話をしました。
 「もし、目覚ましが鳴らなかったら、夢の世界から帰ってこれなかったりして・・・」とカミさんが言いました。
 
 実際、あの時目が覚めなかったら、夢の続きはどのようなものだったのでしょう。私はいったいどんな世界に迷い込んだのでしょうか。非常に興味があります。
 目覚まし時計はいつの間にか正常に戻って、今は正確な時刻を表示してます。
 
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2012年03月30日

楽器と頭髪の関係

 前回、ギターの話を書きました。
 今、私はほとんどギターを手にしません。たまに弾いてみると、まず左手の指先の皮が痛くなってきます。右手はうまく弦をとらえられません。要するにすごく下手くそです。なぜこうなってしまったか?
 実を言うと、20代半ばくらいから意識的にギターを弾くことから遠ざかりました。理由は、頭髪の保護のためです。
 これから書くことは、医学的な根拠はまったくありません。あくまで私の実体験から思うことであります。

 学生の頃、レコード屋でギタリストのレコードを漁っていて、あることに気がつきました。
 ギタリストは頭髪が薄い人が多い、ということです。
 クラシック界からいけば、ナルシソ・イエペス、ジュリアン・ブリーム、ジョン・ウィリアムス、セゴビアだってそうだし、まあ、高名なギタリストはほとんど髪の毛がありません。白髪のギタリストっていたかな?と思います。
 ジャズ界でもジョー・パス、ジム・ホール共お見事。ウェス・モンゴメリーは薄くなる前に死んじゃったし、ロック・フュージョン界に目を向けてみてもリー・リトナーやラリー・カールトン、サンタナと皆さん心もとない感じでした。ロックのギタリストは若くしてお亡くなりになっている方が多いのでよく分りません。
 よって当時の私の結論は、「ギターは髪の毛に悪い」
 で、当時の私の髪は、パーマをかけていたせいもあり、人から薄いと言われることはなかったのですが、元々が癖毛で細い髪質であると自覚しており、頭髪の将来に関しては悲観的な思いでおりました。
 気のせいか、モーレツに練習を続けていると髪が細くハリがなくなってくるような気がしました。で、しばらく練習を休むと元に戻るのです。
 大学時代はサークルでギターを弾いていたので、止めるわけにはいきませんでした。毎年、暮れにコンサートがあり、最後のコンサートの後、どうしようか考えました。で、頭髪を優先し、ギターはほどほどにしよう、ということにしました。
 社会人になってからは、パーマは止めましたが、癖毛がいい感じのウエーブを作ってくれ、当時としては比較的めずらしい長めの髪形をしておりました。ギターをほとんど弾かない生活でしたが、そのせいか髪のコシもけっこうあって、当時の写真を見ると髪多いな、と思います。
 で、現在はどうか、と言えば、さすがに若い頃と比べるとコシはなくなってますが、量はあまり変わってないような気がします。その代わり、かなり白くなってしまいました。30代の後半から急速に白くなり始め、今では、多分、私の第一印象は「白髪の人」だと思います。
 ずっとギターを弾き続けていたら、私の頭髪はどうなっていたのでしょう。
 ちなみに、ギター以外ではサックスやトランペットなど金管楽器のプレーヤーは薄毛の人が多く、逆にフルートやクラリネットの木管楽器の方は白髪が多いような気がします。とくにフルートはキレイな白髪の演奏家が多いですね。
 老後を考え、もう一度ギターを弾こうかとも思いますが、待て待てここまでがんばったのだから、ロマンス・グレーを目指して今からフルートの練習でもしようか、とも思う私がいます。
 でも、ギターって最高に楽しい楽器ですよ。演奏家によってこれほど音質が変わる味わい深い楽器はないのではないでしょうか?ギターへの罪滅ぼしに、次回はギターにまつわるもっといい話を書きます。
posted by walker at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | その他