2012年03月21日

ニューヨークからの電話

 先日の日曜、隠れ家で過ごし、帰りがけに携帯を見ると奇妙な表示が。「通知不可能」
 非通知設定なら分りますが通知不可能とは?しかも呼び出しは1秒で切れてます。着信音が鳴った憶えもありません。
 ここ1ヶ月以上、奇妙なことが立て続けに起こっており、またか、と思いました。
 翌月曜、盛岡での工程会議が終わり車に乗り込んで会社へ電話しようと携帯を取り出すと、またまた2件「通知不可能」の着信が入っておりました。気味悪く思いながら会社に電話すると・・・「誰か分ったよ!」とカミさん。「あなたのニューヨークのお友達、スカイプ使ってたんだって。さっき会社に電話があった。メルアド教えといたよ」とのこと。
 ニューヨークに友達なんていたっけか?と思った瞬間、懐かしい顔が浮かんできました。Mです。Mとは小学6年から高校まで同級生として過ごしました。仲が良くなったキッカケは音楽でした。
 私は子供の頃から家にギター(クラシック・ギターというよりガット・ギターと言った方が合っている)があり、小学生の頃から遊びで弾いており中学校に入った頃には「禁じられた遊び」はもちろんフェルナンド・ソルの「月光」とかフランシスコ・タレガの「ラグリマ」や「マリア」が弾けるようになっておりました。独学で楽譜も読めるようになっており、フォークのアルペジオを使った伴奏などはほとんど初見で弾けました。但し、同級生の前で弾くことはなく、誰も私がギターを弾けることは知りませんでした。
 中学3年の秋、Mがギターに興味を持ちました。行動派の彼は音楽室の倉庫にクラシック・ギターが置いてあるの発見し、その倉庫の鍵を開ける方法もあみ出して、ある日音楽室に侵入しました。なぜか私も連れて行かれました。それから2人で休み時間になると毎日、音楽室に侵入し、思い思いにギターを弾いて遊んでいました。私としては、人前でギターを弾く快感を初めて知りました。そのことがキッカケで卒業式の後の謝恩会で、教師と卒業生全員とその父兄の前で演奏を披露するハメになりました。中学校の体育館のステージが私の初舞台となったわけです。
 高校3年。部活を引退した秋、Mはバンドを組んで活動を開始しました。同級生の間ではそのメンバーに私が入っていたと勘違いしている連中が多いですが、誤解です。ちなみに私が東京時代「東京乾電池」で脚本を書いているというウワサが流れたようですがそれもガセです。
 その後、2人とも東京に出て道は分かれましたが、確か私が大学の3年?の頃、正月で帰省していたところMが袋いっぱいのリンゴをぶら下げて突然やってきました。コタツにあたって代わる代わるギターを弾き合いました。当時のMはジャズ寄りのフュージョン系の音楽を目指してました。パット・メセニーがいちばん好きで、その日もたくさんテープを持ってきてこれを聴け、あれを聴けとお気に入りの演奏をさんざん聴かされました。夕方、飲みに行こうと街へ歩いて向かいました。
 その道すがら、Mがニューヨークへ行く、と言い出しました。向こうで音楽に人生を賭けたい、ということでした。
 同級生が働いている駅前の飲み屋へ行き、そこへ一人また一人と同級生たちが集まり、最後は7〜8人になってました。店が閉まるまで飲み続け、深夜の雪が舞う通りをぞろぞろと歩いて帰りました。その中の一人が何か私にちょっかいを出し、その時T(今は遠野で大成功しているジンギスカンの店の経営者)が「やめろ!沼田はな、早稲田行ってんだぞ。俺らの誇りなんだぞ」と怒鳴りました。そして大声で「早稲田!早稲田!」と何処で憶えたのか「都の西北」を歌い出しました。当時、音楽サークルの活動を言い訳にしてほとんど授業に出ていなかった私はTに「やめてくれ」と小さな声で言いました。
 その夜、Mは私に新宿のバーのマッチを渡し、新宿で静かに飲みたくなったら行ってみろ、と言いました。「スティック」という店でした。
 
 間もなく、宣言した通り、Mはニューヨークへと旅立ちました。

 MのHPがあり、5年ほど前、お前の事書かせてもらったぞ、と言うのでのぞいて見たら、ほんとにさくっとした内容で、わざわざ言うほどのことないじゃん、と思ったのですが、良く見ると英語版のページがあり(というかこちらの方がメインだった)、Mのプロフィールのページの最初に中学時代の私との思い出がしっかりと書かれてました。
 Mとは音楽室でさんざんギターを弾いた後、放課後、私の家の応接間のステレオで、よくクラシックのレコードを聴いてました。当時、私はバイオリンにも興味があり、安いバイオリンを買ってもらってました。ギターと違いバイオリンは独学ではどうしようもありません。それでも「シェルブールの雨傘」のメロディーを何とか弾いたりしながら遊んでました。クラシックのレコードもハイフェッツやオイストラフのバイオリン協奏曲が多かったと思います。私自身忘れかけていた思い出でしたが、Mにとっては特別な時間だったようで、彼から見たその時の様子が英文で語られてました。友人の記憶の中にそのように残れることの幸せを感じました。

 そのMが、ついにニューヨークを引き払う決心をしたようです。
 電話は午後6時過ぎにかかってきて、8時過ぎまで話しました。こちらは寒い夜でしたが、向こうはパープル色の夜明けの景色を眺めながら話していたのでしょうか?
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2012年03月05日

人生のにぎやかな時

 ユーロ危機も一息をつき、僅かながら米国の景気回復の兆し見えてきました。ユーロも米ドルも幾分値を戻し、世界は静かに安定化の方向へ向き始めた気がします。
 ユーロ危機についても、ギリシャのGDPは神奈川県とほぼ同程度であり、そこが危ないからと言って世界が大騒ぎすること自体が異常でした。
 さて、そのような世界情勢から目を転じて自分の周囲を見渡せば、なにやら奇妙なことが立て続けに起こってます。振り合えってみると、どうやら1月の東京あたりから、何かがおかしいです。友人 I 氏の印象がどこか奇妙だったのですが、その奇妙な世界に私自身も取り込まれてしまったような気がします。いろいろと差し障りがあるんで、奥歯にモノがはさまったような話しか書けませんが、とにかく?印の事象が立て続けに起こっており、ひょっとしてこのままアセンションしてしまうんではないか、という気がしないでもありません。もしそうなら皆さん、お先にさようなら。
 昨日は、久しぶりに隠れ家で過ごしました。
 宮部みゆきさんの「小暮写真館」という小説を持って行って、日がな一日、薪ストーブのそばで読んでました。
 小暮写真館の小暮爺さんは、写真館の受付で亡くなっているのが発見されます。そのあたりの描写で、「人生のにぎやかな時期を過ぎていた小暮さんは・・・」という文章があり、とても印象に残りました。
 人生のにぎやかな時期か・・・、自分はその時期があとどれくらい続くのだろう、と思います。でも、ほんとうににぎやかだったのは、今から数年前かも知れません。例えば、遠野祭りの時期には、八幡神宮のすぐ隣の我が家には、様々な人々が集まり、実ににぎやかでした。仕事の関係者も個人的な知人も分け隔てなく一緒に我が家に集まり、それぞれが普段とはちょっと違う側面をのぞかせ、妙にウキウキさせる時間が流れていました。父や母もその日はとても幸せそうでした。先週の土曜にNHKの連ドラ「カーネーション」のシーンを見て、あの頃の我が家とそっくりだ、と思ったものです。
 時は流れました。あの頃よりも今の方が幸せ、と言い切れる人々はどれくらいいるのでしょう。遠くへ行ってしまった人も、二度とお会いできない処へ旅立たれた方もいます。残った人たちも相応に歳を取りました。
 歳を取ることを恐れることはない、その歳になるまでに為すべきことを為さなかったことが恐ろしいのだ、ということを、随分昔に村上春樹さんが書いてました。ほんとうにそうでしょうか?私はどんな生き方をしていようと、歳を取ることが恐ろしくなる時期は来るような気がします。
 心安らかな老後は存在するのでしょうか?どんな人生を送ろうと、後悔、罪悪感といった負の感情は必ずあると思います。そこに、底知れぬ孤独の念と死への恐怖が加わります。一見、穏やかな様相の老人に内面は、そのような辛い感情がうごめいているのではないでしょうか?
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2012年02月15日

ひょんなことから市民演劇に関わる

 今日も寒かったです。先ほど帰った職方たちは、とにかく顔が痛かった、皮膚が露出している部分は防寒出来ない、と嘆いて帰りました。
 2月が仕事で埋まること自体は有難いのですが、この寒さで一日屋根の上にいる方はたまったものではないでしょう。経営者として胸が痛みますが、こればかりはどうしようもありません。実質、あと2週間の辛抱、と声を掛け合って帰って行きました。春が心底待ち遠しいです。

 ひょんなことから遠野の市民演劇に関わることになりました。カミさんが美術の市民サークルに顔を出したのをキッカケに、市民演劇の舞台の美術製作のお手伝いをすることになったのですが、今回は特に人手が足りず、たいへんそうでした。見兼ねて先週から私も仕事を終えた後手伝い行ったのが始まりです。ちなみに遠野の市民演劇「遠野物語ファンタジー」は、確か私が中学の頃に始まり、恒例となって現在に至ります。開催時期は毎年今頃です。
 そうこうしているうちに昨日カミさんが発熱、インフルエンザA型でした。よって私も時間の問題かもしれません。今日もこれからお手伝いに行きます。ちゃんとマスクをして行きます。明日は瓦工事業組合の総会、明後日も外せない予定が入っております。ヤバイかもしれません。そんなわけで、今日はここまで。
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2012年02月11日

銀座の夜、再び

 ここしばらく色んな文章を書いてました。いちばん気が重かったのか「建築士いわて」という岩手県建築士会で毎年1回発行している冊子の原稿でした。コーヒータイムという欄の自由に書いてよい記事なのですが、期限が迫っていたので、このブログの「逃亡生活のススメ」と「十年後、誰が現場で汗を流すのか?」をリライトして送りました。字数制限があったので、かなり大幅なリライトになり「十年後・・・」に至ってはほとんど全文書き直しになってしまいました。どちらか趣旨に合った方を選んで掲載してください、と書き添えて送りましたが、はたしでどちらが選ばれるでしょう?

 さて、久しぶりに東京で大学時代の友人と会いました。カミさんも一緒に上京し、彼女の方は会社員時代の同僚と飲んだようです。私は銀座、カミさんたちは蔵前。こちらは待ち合わせ場所と時間だけ決めてあとは行き当たりばったり、カミさんたちは事前に綿密に打合せし、気の効いたお店を予約し出陣。だいぶ差がありますね。
 案の定我々は、店が決まらず、銀座をブラブラ、築地まで歩きました。結局、仲間の1人が行き着けの居酒屋へ。
「ただの居酒屋だからな」
「タダ(無料)だったらいいじゃん、最高じゃん」
「まあ、別な言い方をすれば、単なる、って意味のタダだけどな」
「今日、沼田のカミサンは?」
「蔵前で飲むんだって」
「ふ〜ん、相撲もするの?」
「ところで I、出世の秘訣は?」
「可愛らしさだよ」
と、いつものノリでお互いニコリともせずにジョークを飛ばしあって寒空の下を歩きました。
 着いた居酒屋は、初めて来たとは思えないほど落ち着く良い店でした。料理も実に美味い。ビジネス街の土曜なので、お客は我々3人だけ。しばらくして美人のママさんもテーブルに加わって飲みました。なぎらけんいちさんが常連で、誕生日はいつもこの店でやるんだそうです。居酒屋のカウンターがいちばん似合う男なぎら氏が常連であれば、良い店に決まってます。そのせいか傍らにフォーク・ギターが置いてあり、昔を思い出し、皆でちょっと爪弾きました。私の腕はすっかり鈍っていたのですが、仲間の I は昔よりむしろ上手くなっていました。自分で言うのも何ですが、この歳になってパラパラっとギターが弾ける男たちって、けっこうカッコいい、と友人を見て素直に思ってしまいました。ママさんも大喜びでした。
 まあ、大学時代の友人同士が中年になって語り合う話です。とてもここで書ける内容ではありません。
 今回は2年半振りに集まったのですが、これからはもっと頻繁に集まろう、と別れ際に I が言いました。洋楽と小林克也が好きで、人の真面目さをちゃかして生きるのが信条だった彼にしては妙にウェットな発言でした。世間からみれば、I は成功者、大成者と言って良い地位にあります。そう言えば、今回の飲み会の呼びかけは I でした。彼の中で何かが変わったのかもしれません。50歳を目前に、男たちの心情は、複雑かつ深い、です。
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2012年01月21日

自社職人を抱えることの意義

 昨年12月6日に書いた記事「10年後、現場で働く人間は残っているか」で、最近の建設業界では自社職人を抱えない会社が増えている、と書きました。今日は、そのことで生じる問題点について掘り下げてみたいと思います。精神論、キレイごとを書く気はありません。どこまでも実利的な話をします。
 その前に、基本的な業界の構造について。
 ハウスメーカーや工務店、いわゆる元請会社に家づくりを頼むと、基礎工事から大工、外装、内装、水道・電気設備に至るまで、その会社の同じ職人さんが全てやっている、という誤解が案外多いものです。
 そういう私も16年前、郷里に戻り、この仕事に関わった時は、建築に関わる工事の区分け、つまりどんな工種があって、それがどのように組み上がってくるかが分かっていませんでした。
 もっとも、34歳の社会人経験を積んだ人間だったので、それまで生きてきた広告業界の構造と照らして、すぐに理解はできました。

 広告代理店=元請会社(ハウスメーカー、工務店) 
 広告制作会社、印刷所、編集所=専門工事店
 プロデューサー・ディレクター=建築士、現場監理員
 デザイナー、コピーライター、イラストレーター
 カメラマン、印刷、編集等の各専門職=基礎、木工事、屋根、水道、電気、内装等の各専門職

 というような感じでしょうか。広告業界も建築業界も基本的にオーダー・メイドという共通点があり、システム的には意外と似た業界かもしれません。蛇足ですが、最大の相違点は、広告業界は制作したものが、世に出て間もなく消え去ってしまう宿命なのし対し、建築業界は仕事の結果が何十年単位で残ることです。虚業と実業の違い、と言ってしまったら広告業界から怒られてしまうでしょうか?

 前置きが長くなってしまいました。本題に戻ります。
 建築業界におけるもっとも大きな問題は、自社職人を抱えない元請会社の乱立にある、と考えます。これは施工品質に大きく関わってきます。
 現場では多かれ少なかれ想定外の事態が発生します。そのリカバリーには当然経費が発生します。
 外注職人の場合、その手間賃はほとんど坪幾らといった数量単位で決められています。当然、余計なことに労力を使いたがりませんから、想定外のことが発生しても他人事としかとらえません。賃金を払う方も、これをやってくれたら追加で幾ら払う、といったような細かい管理は、現実問題として不可能です。したがって問題が放置されたまま現場が進行しがちになります。このような大小の問題が積み重なって住宅が完成します。良い家が出来るわけがありません。
 逆に、自社職人(大工さん)を抱えている工務店ではどうか?基本的に業者同士も顔見知りですから、「ここどうすっぺ〜」と気楽に棟梁さんに声を掛けます。そこで大工さん側にその対応のため追加で何か作業が発生しても、社員である大工さんは月給で貰ってますから、手間がかかってもその分、自動的に会社が持ってくれます。よって「わがった、こうせばいいんだな。やっといてやっからよ」と気持ちよく対応してくれます。
 現場では日々このように誰かが追加で手を加えなければならないことが発生します。その部分をカバーしてくれるのが、多くの場合、元請会社の社員職人さんたちです。
 ちなみに当社の場合。職人は、全員正社員です。月給制で社会保険等福利厚生完備です。現場で、ちょっとここはまずい、やり直し、となっても、こちらが正しい指摘をしているのであれば職人は気持ちよくやり直しします。その分のロスは会社が負担します。以前は私も、これは職人に対する甘やかしではないか、と悩んだ時期もありましたが、今は割り切ってます。それよりもそのようなミス、考え違いがおこらないよう日日、研鑽することです。また、ダメ工事を指摘するのはただでさえ嫌なものなので、監理者の精神的負担も考慮しなければなりません。やり直してもその間の賃金はちゃんと払う、ということであれば、監理者も職人に率直に言い易い。ミスが放置されることを防ぐ、大事なのはその1点です。加えて健全な人間関係の維持。マネジメントの観点からも、自社職人体制は合理的と思います。私も過去何度か、自社職人を抱えていて良かった、と心から思ったことがありました。
 話は戻って、逆に全て外注で回している会社は、この対極にあります。つまり、ミスの放置が続出、その指摘をキチンとすれば、追加手間賃の問題の発生、そこでもめれば人間関係の問題が発生します。結果、現場はギスギスし、殺伐とした空気が漂い始めます。私も、過去、そのような現場を経験しましたが、結局そのような会社と当社は水が合わないみたいで、関係は長続きしませんでした。逆に、そういう会社とばかり相性の良い工事店もあり、不思議に思って見てます。同じ考えだから気が合うのか、相当我慢しているかのどちらかでしょう。
 最後に、書き添えておきますが、本当の大手一流のハウスメーカーで、全て外注工事店を使いながら、こういった問題を相当レベルでクリアしている会社があります。建物の設計、部材開発の段階での完成度が高く、現場での不測の事態が発生し難い、外注業者会の結束が強く、現場での意志疎通が良好であるためと思います。私も、その会社からは多くを学ばせて貰い、当社にとっては長いお付き合いが続いている数少ない大手ハウスメーカーです。
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2012年01月14日

ユーロ債格下げを嘆く

 今朝のニュース、スタンダード&プアーズがユーロ債を格下げしたとのこと。
 世界は、今後マネーゲームの規制を行わないと本当にヤバイことになる、とあらためて感じました。
 投資ではなく投機、実体ではなく虚構が世界中を横行してます。
 元々、経済の必要性、安定性のため、実体経済を支えるために開発されたはずの高度な金融手法が、まったくその意図から離れ、単なる投機的金儲けの道具にされてます。嘆かわしいことです。
 以前にも書きましたが、実体経済だけを見れば、ユーロ危機はそれほど拡大しないはずです。
 問題は、20〜30年前が実体マネーが90%に対して虚構マネー10%だった世界経済が、ここ数年で逆転、実体マネー10%に対し、90%まで膨れ上がった莫大な虚構マネーがやれデリバティヴだやれレバレッジだ、と恥知らずな大暴れをしている点です。
 真に知的な識者集団は、市場に冷静に対応するよう言い聞かせているのですが、この暴力の前では為す術もない状況です。
 そんなにお金を儲けてどうしようというのでしょう。何も生産しない空しいゼロ・サム・ゲームの勝者になって何がうれしいのでしょう?その結果、世界が大混乱に陥り、多くの人が不幸になっても、何の良心の呵責もないのでしょうか?
 健全な世界を築くためには、これ以上金融工学の悪用を許してはいけません。規制をかける方法は必ずあるはずです。
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2012年01月11日

震災から10ヶ月が過ぎて

 震災からちょうど10ヶ月が過ぎました。
 今日は大船渡の現場に行ってきました。新築が2現場進行中です。
 45号線を走りましたが、天気も良く、遠野に比べて気温も高く、別世界でした。寒いには寒いのでしょうが、遠野の痛いような寒さに比べれば、現場にいてもはるかに楽です。
 海もとても穏やかでした。この海が、多くのものを呑み込んで、奪い去ったなんて、映像で見ても、目の前で瓦礫を見ても、今だ実感できません。
 岩手県内の土木・建築業界はたいへん忙しい状況です。宮城県は、その数倍忙しいようです。震災、津波で命を奪われた方々のことを思うと複雑な心境です。皆さんから忙しいでしょう、たいへんでしょう、と声をかけられるのですが、浮かない顔でうなずくしかありません。
 実際、心は晴れません。
 業界内からは嘆かわしい話も聴こえてきます。複数の関係者が同じことを言っているので間違いないでしょう。
 9月以降、郡山、埼玉は実際に出向いて話を聴きましたし、北関東の状況は、信頼できる筋からの話ですから事実だと思うので書きます。
 屋根の修理工事をとんでもない高値をふっかけてやっている工事店が続出している、という話です。
 お客様の中から、もう2度と瓦なんか葺かない、という声が出ている、とか、瓦工事業界自体が、とんでもない業界と言われている、など聴いていて怒りが込み上げてきました。
 「そんなことをしたら、将来自分の首を絞めることになるでしょ」と私が言えば、話をしてくれた方々は「そういうことをする業者は、この1〜2年でガッポリ稼いで、あとは廃業する気でしょう」と口を揃えて言ってました。各地でそれぞれ聞いたのですが、まったく交流のない方々3人が3人とも全く同じことを言ってました。これは明らかに噂話の域を超えてます。
 ここ数年の不況は、我々工事業者にとってあまりに辛い試練でした。ほとんどの工事会社は売上は15年前に比べれば、5〜7割減ってます。つまり良かった頃の半分から僅か3割くらいしか売上がなくなっている会社がほとんどなのです。加えて粗利率も低下しているのですから、どれだけ経営が苦しかったかは容易に想像できると思います。そんな中で、多くの経営者の心がすさんできたのも正直言って理解できます。今、そのことに対するまるでアテツケのように、高値ふっかけが横行しているように私には見えます。
 どれだけ、仕事を依頼されても、当社は当社の職人14名で精一杯やってこなせる量が限界です。私は、自分たちが請けた仕事を安易に外注するような会社にはしたくありません。見積もりも適正金額を出します。
 昨年の6月に書いたこのブログの記事『これからの「正義」の話をします』で表明した考えを私は変えておりません。
 
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2012年01月07日

穏やかな年始です

 2012年がスタートしました。
 と、書き出して、いきなり昨年の話をします。最初に断っておきますが、ほとんどどうでもいい話なので、忙しい皆様におかれましては読まない方が良いと思います。
 年末の日曜に髪を切った直後に発熱。翌朝の会社の朝礼と朝ミーティング後にダウン。早くも戦線離脱。年末の最低限やって置かなければならないことは済んでいたのでまだ良かったのですが、医者から貰った薬を全て飲み終えても微熱が引かず、31日に当番医のN医院に行って「微熱が引かない、結核ではないですか」「くしゃみが止らないところを見ると、風邪ではなく何かのアレルギーでは?」とやったものだから(いちばん医者から嫌われるタイプ)、案の定「君ねえ〜」とN医師にたしなめられ、仕舞いに「長く薬を飲み続けているので、胃腸薬も・・・」と口を滑らせてしまい、「まっそれは今回処方する薬を飲んでみてから決めまショ」と話をシャットダウンされ、診療室を後にしました。
 その後も微熱が引いたり出たりを繰り返し、ただ体調は少しづつ良くなり、正月2日から馴染みの温泉民宿で2泊3日の湯治。実によく眠れました。この宿の風呂は、湯に浸かると湯船の縁をかけ流しのお湯がなめらかに溢れていきます。いつも湯の中で存分に身体を伸ばし、ゆっくりと何度も首を回して全身をほぐしていきます。
 部屋に戻り、花輪莞爾の「悪夢百一夜」。とんでもなく分厚い本ですが、この本の正しい読み方(読む体勢といった方が合ってる)は、まず、畳の上にマットと布団を敷き、枕を布団の上でなく畳の上に置いて、布団にうつぶせになって、顎を枕にのせます(分かります?)。本は直接畳の上に置くと、目と本の距離がちょうど良くなります。この時、両手の掌を顎の下に敷き、本との距離の微調整をします。すっと伸びた背骨が若干反り返りますが、まずまず楽な体勢と言えるでしょう。家ではベッドなのでこの体勢が取れません。
 そうしてしばらく至福の時を味わいました。花輪莞爾はやはり天才です。
 休みの最終日にN医院の薬も飲み尽くしました。体調は、と言うとちょっと?気味。
 昨日が仕事始めて、年始の安全祈願、年始まわりをしてる間に、やっと普通の人間に戻れました。夜はいつものヨガ。
 おかげさまで今日は快調です。発熱の後って全身の体液が入れ替わった様な気がして、不思議な爽快感があります。
 以上、どうでも良い話を終わります。最後まで読んでくれた方にはたいへん申し訳なく思います。今年もよろしくお願いいたします。
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2011年12月24日

盛岡・五番館の記憶再び

 今日はクリスマス・イヴ。冬至も過ぎ、これからは毎日、少しずつ日が長くなっていきます。春が確実に近づいてくるのが日々実感できます。
 今夜は、カミさんは盛岡で女子会です。友人たちは40歳代の独身キャリア・ウーマンが多いので、女だけで忘年会だそうです。私は、とても理解のある夫なのでイヴの夜に放っておかれてもまったく気になりません。夕食後、どの小説を紐解こうか、と今から楽しみです。
 
 今朝、3ヶ月以上前に書いたブログにコメントをいただきました。今は無き「五番館」という喫茶店について書いた記事です。うれしくて、カミさんにも知らせました。「マスター、今もこんな風に自分のことが話題になっているなんて、思ってもみないよネ」と言ってました。

 その方の書きこみにあった「西陽」「煙草の煙」という言葉が、強烈に記憶を喚起しました。あの店内で過ごした、四季折々の思い出が甦ります。そう言えば、私もあの頃は煙草を吸ってました。

 慌しすぎる年の瀬、五番館の思い出が、ひとときほっとさせてくれました。
 多くのことをやり残して、2011年が終わろうとしています。

 今宵、皆様に、素敵なイヴが訪れますように。
posted by walker at 18:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 喫茶・カフェなど

2011年12月09日

日本の本当の税率は幾らか?

 日が短いです。昼ごはんを食べ終わるともう夕暮れという感じです。現場回りに出ると、明るいうちに帰ってこれません。冬至が待ち遠しいです。
 さて、今日は久しぶりに税金について書きます。
 以前から疑問に思っているのですが、日本の税率って、他の先進国と比較し、高いんでしょうか、低いんでしょうか?
 会社経営者は皆感じているのですが、社会保険料(健康保険+厚生年金)だけで、会社負担分まで入れると、実質、人件費(会社が負担している実質のお給料)の約25%になります。その他に、所得税、住民税が取られます。さらに、金額的には多くありませんが、雇用保険料だって実質税金みたいなものです。
 年収や扶養者の有無によっても違いますが、おおよそ会社が人件費として見ている金額の30から35%は源泉徴収される、と考えて良いでしょう。サラリーマンにとってはこれが実質の税金です。
 加えて、消費税があります。現在5%です。収入の1割を貯金、9割を消費活動に回している人であれば、手取り金額の4.5%が税金で取られます。もし10%になれば、税率は手取りの9%です。
 その他、車、ガソリン、タバコやお酒といった嗜好品にかけられている税金を考えれば、実質的な税負担率はおおざっぱに言って平均40から45%程度ではないでしょうか?消費税が10%になれば、これが約45から50%になります。
 どうでしょう?思ったより税率って高いんだな、と思う人が多いのではないでしょうか。特に納税のほとんどを源泉徴収されているサラリーマンの方々。
 この「いっぱい税金取られている!」という感覚、認識がとても大切だと思います。これを機に、人は本当の意味で(観念的ではなく、という意味)政治に参加します。そして大人になります。今、永田町にいる人たちはモラトリアム状態(自分で稼いだお金で税金を払った経験がない)から政治家になった人が多く、したがって、どこか観念的であり、現実の問題を解決する能力に乏しい、と言わざるを得ません。
 いっそ、源泉徴収をやめてしまって、皆で確定申告に行きましょう。そもそも、なぜ、納税の為の作業する人件費を民間企業が負担しなければならないのか、納得がいきません。国民が等しく、どれだけ自分が税金を払っているかキッチリ自覚しましょう。実は、源泉徴収という制度は、国民の税負担に関する意識を希薄化させ、それによって政治的無関心を作り出すシステムに他なりません。

 さて、では45から50%という税率について、どうとらえるべきでしょうか?
 日本国民として、国から人権、生命、財産を守ってもらい、ライフラインの供給を受け、老後(60歳以降)の生活を保障してもらえるのであれば、けっして高い税率とは言えないでしょう。たとえ、消費税が10%になって税の負担率が実質50%になろうとも。
 最大の問題は、医療体制と老後の保障、すなわち社会保障制度の信頼性にあります。
 その意味で、「社会保障と税の一体改革」には注目しています。
 社会保障の財源には、すでに税金の一部が投入されてますが、今後、さらにその形を推し進めてゆくべきでしょう。また、厚生年金と公務員の共済年金の財源の垣根も、ぜひ取り払うべきです。公務員のみなさん、いろいろ言いたいことはあるでしょうが、自分たちだけ、安泰な老後を送っていても、周囲の老人たちが皆、不安で貧しい暮らしをしている中で、本当に心穏やかでいられますか?しかも、そのような国を作ったのは誰でもない、あなたたちなのですよ。正しく想像力を働かせ、よ〜く考えてみましょう。

 政治家は、政局ではなくちゃんと政治をやりましょう。自民党、情けないです。谷垣氏も石原氏も、自分らが国民からどのように見えているのか、まったく自己を客観視出来てません。対照的に、野田総理は言葉に魂がこもってきました。但し、財政再建とTPP参加表明という2大政策の行方を危惧します。
 今日はここまで。これから久しぶりにJCの現役メンバーと会います。
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